Vtuberじゃなくなった魂の話

 目を覚ますと私は真っ白い天井を眺めていた。


 ここは天国でも地獄でもなく、病院のベッドの上のようだ。良かった……手術は成功したのだ。


 私は一瞬だけホッとするが、ホッとしたのは本当に一瞬――手術が成功したということは、私はもう喋ることができないということだ……。つまり、もう配信をすることができないということだ……。


 私は企業所属のVtuberで魂をしていた。魂というのは業界の用語で、アバターのCV――つまりVtuberの中身というわけだ。私が所属した頃のグループは弱小であり、企業所属でありながらチャンネル登録者数が3桁の時代が長い間続いた。


 私達は様々な企画、外部とのコラボ、私達の会社が受注した案件配信――あらゆる配信を行った……ASMRを使用した、ちょっとエッチな配信も……。そのお陰で、今ではグループのメンバー全員が、10万人を超える登録者数を有するグループへと成長することができた。


 自分で言うのもおかしな話だが、私はそのグループの中でかなり人気の高いVtuberだった。


 配信をしていたある日、喉に違和感を覚え病院へと向かった。


 診断結果は”喉頭がん”。


 幸い癌は初期段階で見つかったため、手術で声帯を摘出すれば助かるとのことだった……。


 私は眼の前が真っ暗になった。今まで積み重ねてきたものが、こんなに簡単に崩れることがあるのか……と……。


 私は否応なく手術を受けることとなった。当たり前の話だ。助かる方法があるのに、それを選ばないなんてありえないだろう。

 

 手術までの入院中に、マネージャーがある女の子を連れてきた。彼女に自己紹介をされた瞬間、すぐに気がついた。


 ”私の声だ……。”


 彼女の唇からは、私と全く同じ声が聞こえた。私はあまり特徴の無い声をしており、喋り方の特徴も無い。私のモノマネをする時、みんな悩んでしま程だ。


 つまり、私に似た声の人は世の中に多くいる。しかし、ここまで似た声の人は今までであったことはない。


 マネージャーの説明によれば、今後、私の代わりに彼女が私のVtuberの魂をやるそうだ。業界的にはVtuberの魂のすり替えはご法度なのだが、事務所の中でも人気のVtuberを引退させるわけにはいかなかったのだろう。


 つまり私はただのIPとしてしか見られていなかった訳だ……。


 ベッドから身体を起こして、母親にスマホを取ってもらう。


 アーカイブには私の記憶には無い私の雑談配信が残っている。コメント欄もSNS書き込みも、いつも通り私のことを持ち上げるコメントばかりだ。

 画面が滲んで来たので、ブラウザを閉じようとしたその時、いつも、どんな配信をしても”いちゃもん”を付けてくるアンチのコメントが目についた。

 

 ”普段の雑談配信よりも切れがなく、話し方もいつもと違う。まるで魂を入れ替えたみたいだ。”

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アンチがVtuberを覗く時、Vtuberもアンチを覗いているのだ 尾津嘉寿夫 ーおづかずおー @Oz_Kazuo

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