アンチがVtuberを覗く時、Vtuberもアンチを覗いているのだ
尾津嘉寿夫 ーおづかずおー
Vtuberを好きだったアンチの話
ゴミ袋が部屋中に散乱し、飲み終わったペットボトルの空が部屋の隅に乱雑に並べられている。机の上には昨日食べたカップラーメンのスープがそのまま置かれて、その隣にはいつ食べたのか覚えていない、コンビニ弁当の容器と、それを食べるときに使用したであろう割り箸が忘れ去られたように鎮座している。
私は、食後に飲むように書かれている、心療内科でもらった精神安定剤を口の中に入れ、昨日食べたカップラーメンのスープで流し込んだ。食後という表現は曖昧で、いつからいつまでが食後なのだろう……まあ、私が最後に腹の中に”もの”を入れたのは、つい1時間くらい前――スナック菓子、これは食後と呼んで良いのだろうか……。
私はカーテンを閉め切り、電気もついていない暗い部屋の中で再びパソコンのモニターへと目を移す。モニターの中には真っ赤なツインテールのアバターの女の子が、楽しそうに雑談配信をしている。
彼女は登録者数が何十万人いる、企業所属の人気アイドルVtuberだ。私は彼女の所属しているグループがまだ弱小で、彼女の登録者数が2桁の頃から応援をしていた。
自身もVtuberになり、いつか憧れの彼女とコラボをするために頑張った。アバターには100万円以上のお金をかけて配信設備も整え、会社も辞めてライブ配信に人生を賭けたのだが、チャンネル登録者数は数百人程度から伸び悩み、それまで貯めていた貯金と退職金が底を突いたため、今ではバイトをしながら時々配信をする程度の、どこにでもいる有象無象のVtuberとなってしまった。
一方で彼女はスターダムを駆け上がり、順調に人気を確立している。そして、初期の頃は彼女の配信中にコメントをするとすぐに反応をしてくれていたが、同時接続数が100人を超えた辺りから私のコメントに反応をしてくれなくなったのだ。
この時私は気がついた。彼女の向ける笑顔は、私に向けている訳では無いことに……。
私は彼女にとってただのリスナーの1人であり、初期から応援していたことや彼女のグッズ購入にいくら使ったか、SNSでリプライを送り合うことなど、彼女にとっては他のリスナーとの差別化にはならないことに……。
この頃から、私は彼女の配信にクレームを入れるようになった。そして今では、界隈で有名なアンチへと成り下がったのだ。
彼女の今日の配信を見る。アンチの私が言うのもおかしな話しだが、今日の彼女の配信は酷い。
一見いつもの彼女の雑談配信と変わりなく見えるが―― 何と言うか、話に切れがない―― 。批判コメントをすることすら嫌になる。この瞬間、私が好きだった彼女は、もういないんだと改めて気付かされた……そんな気がした。
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