異世界覆面レスラー

高久高久

異世界で生きていく

 ――闘技場。それは何処の街にも規模は違えど、存在している場所である。

 そこで行われているのは闘技。戦うのは闘奴と呼ばれる、奴隷の身分の者。奴隷商が、所持している奴隷を戦わせるのだ。

 闘技と言うが、結局の所殺し合いだ。僅かに与えられる報酬を餌に、同じ奴隷を相手にどちらかが死ぬまで争う。その争いに、観客は熱狂し金を払うのだ。

 奴隷が死んだところで、見ている者達は何も思わない。むしろ『惨たらしく殺せ』と煽り立てる。

 争わされる奴隷も、皆が皆何か心得があるわけではない。だが報酬は欲しい。借金奴隷なら報酬が溜まれば奴隷から解放されるのだから。

 それに、死にたくはない。だから殺す。みっともなかろうがなんだろうが、どんな手を使ってでも。

 そんな悪趣味な殺し合いが行われる場。それが闘技場――だった。今までは。


 闘技場。観客席に囲まれた中央には、闘争の舞台リングがあった。

 四隅を丸太が立てられ、布に包まれたロープで囲まれたその舞台に、2人の闘奴が闘っている。

 その闘奴は、どちらも覆面を被っていた。片方は何やら模様が描かれた物を被った大男。もう一方は、鳥を模した翼が描かれた覆面を被った細身の男だ。その2人の他に、試合を捌く審判レフェリーが1人。

 大男が走る。体格的にはこちらの方が勝っており、鳥の覆面に体当たりを仕掛けようとしていた。


「シィッ!」


 鳥の覆面が掛け声と共に飛び上がった。高く跳び上がると、揃えた両足で顔面を貫くように蹴る。ドロップキックと呼ばれる技である。

 倒れる大男。板と藁が敷かれ、布を被せられた舞台が衝撃で揺れ、大きな音を立てる。直後、観客から歓声が沸いた。

 鳥の覆面はすぐに起き上ると、ロープに足をかけ丸太の頂上へと昇る。観客の方を向き、大男には背を向けた状態だ。

 鳥の覆面は観客に向かい、大きく腕を広げた。その直後、背面へ向かって飛ぶ。

 弧を描くように虎の覆面の身体が、大男へと向かって降りていく。

 着地プレスと同時に舞台から大きな音が鳴る。審判が舞台を叩く。

 ――3度、叩くと闘争終了の鐘が鳴った。大きな歓声に包まれ、鳥の覆面が舞台を去っていくのであった。



「よう、トリの」


 ――一試合終えた俺に、痩せた男が嫌らしい笑みを浮かべながら寄ってくる。

 この男は奴隷商だ。見た目は小物だが、こう見えてこの辺り一体を取り締まっているという中々デキる男である。


「お疲れー!」


 奴隷商の後ろから、男の嫌らしいそれとは違う嬉しそうな笑みを浮かべる少女。こっちは奴隷商の娘だ。

「おう」と俺が頭を撫でてやると、目を細めて受け入れる。父親と本当に血の繋がりがあるのか疑問である可愛らしい見た目である。


「今日も満員! 自由の闘奴、トリの降臨する舞台に観客も大盛り上がり! 銭もガッポガッポだよ!」


 嬉しそうに語る娘。ああ、商人の娘としてはちゃんと育っているようだ。ちなみに鳥の覆面をつけてるから俺は『トリ』と呼ばれている。


「ああ、随分と儲けさせてもらったぜ。それでよ――」


 奴隷商が俺に紙を差し出した。それは権利証。金銭と引き換えに奴隷になる、という事を記したものだ。


「今日の儲けでお前の借金はチャラだ。良かったな、王子様よ」


 ◆


 ――俺は、とある国の王の子として生まれた。

 あれは何歳の頃だったか。頭を打った俺は、ある事を思い出した。

 それは前世の記憶。王の子として生まれる前、俺は日本のプロレスラーだった。

 全盛期とも言える頃を過ぎ、ここから後進に任せて引退へと向かっていくと思っていた頃。ある試合中に俺は死んだ。なんてことは無い。受け身を取りそこなっただけだ。蓄積されたダメージが、思う様に身体を動かさなかったという、所詮俺が三流だったというだけだ。相手には正直悪い事をしたと思っている。気にせずにレスラーをやってくれている事を祈るばかりだ。

 そんな前世の記憶と共に、俺が思い出したのはこの世界の事だ。

 この世界は、俺がプレイしていたゲームと酷似している。ん? レスラーがゲームするのかって? 普通にするわ。てかそういうの好きな奴多いぞ。

 まぁ、それはおいといて。そのゲームの知識から自分が辿る未来というのを俺は知ってしまった。

 王座を争い、政争に負け冤罪をかけられた結果他の兄弟から蹴落とされ追放される王子。それが俺だ。

 その事を思い出し、俺は行動した。冤罪を避ける――ではなく、追放後の事を考えて。

 恐らく、何をしたところで追放という結果は覆す事はできないだろう。物語の強制力と言うのか、そう言うのが働くのだと思われた。現に、覚えていた出来事エピソードを避けようとしたが、最終的に避けきれない事も多々あったから。

 だから退場後の事を考えた。ゲーム内で王子は追放――と見せかけて、奴隷商に売り飛ばされる。その後の事は描かれないのだ。

 そこに目を付けた俺は奴隷商に密かに接触し、投資という形で話を持ちかけていたのだ――まぁ、その辺りの金の動きを突かれて俺は追放されちまったんだがな。自分の使える金を動かしていたのに、接触した奴隷商とは違う違法奴隷に援助してたって話にされちまった。あの時は『マジかぁ……』ってなったね。護衛の女騎士の目を盗んでやってたから『この外道が』って凄い目で見られたし。小さい頃から一緒にいたんだけどなぁ……信用無くてちょっちショック。

 まぁ、その辺りは想定の範囲内。冤罪による追放劇――と見せかけて二度と姿を現さない様にと兄弟は、に俺を売りとばした、というわけだ。

 俺は奴隷となり、闘奴となった――新しい闘技の。

 俺が奴隷商に持ちかけたのは、闘技の競技化だ。

 闘技は殺し合い。金になるが、いくら盛り上がるといっても、開催する度奴隷が死んだり負傷してたら足りなくなってくる。下手に負傷されても、奴隷商としても扱いに困るのだ。

 奴隷商としても金になるからやってた闘技であるが、面倒事も多くいずれ別の事をする必要がある。そこで闘技のエンタメ化としてプロレスを持ち込んだ。

 舞台としてのリング設計等、投資として資金援助。選手になりそうな奴に受け身を始めとした技術を教え込んだり、色々としている内に見事追放され、俺も選手の1人となったのだ。



「トリ、自由になるのか……」


 娘が何処か寂しそうな声で言う。なんかやたら懐かれてたからな。


「こっちとしちゃ稼ぎ頭だから手離したくねぇが、金を払いきったんだから仕方ねぇ。流石に王子は無理だろうが、もう平民として生きていくのもできる。まぁ元気でな」


 娘を慰めつつ、奴隷商が言う。


「……いや、何か俺辞めるみたいになってるけど、別に辞めないけど?」

「「なんで!?」」


 なんか驚かれた。解せぬ。


 ――この世界でもプロレスをしたいと思ったのは、前世の悔いというのもある。だが、それ以上に! この王子の身体! 身体能力や運動神経が半ぱねぇ! その場跳びでムーンサルトどころかフェニックススプラッシュできたわ! 前世じゃ一切できなかったのに!

 前世の俺はなんていうか、技巧派と言える地味な選手だった。評価はされていたんだが――憧れるんだよ。派手な動きが出来る選手ってのは。

 俺だってトップロープから飛びたかった! 場外にトペコンとかしたかった! 自殺行為とも言えるダイビングとかしたかった! でもできなかった! できなかったんだよ!

 でも今は出来るんだよ! シューティングスタープレスという前方に宙返りするとかわけのわからねぇ動きも出来た! 俺は決めたね! 憧れの! 空中殺法を駆使する選手になると! 飛び跳ねるの楽しいし! 客を沸かせるのも楽しい! 息を飲む技術と技術のぶつかり合いも好きだけど、それはそれこれはこれ!


「――というわけで、自由になったところで戻る場所も無いのでまだ世話になる。今更王子なんて戻る気も無い。戻ったところで何もできねぇし」

「正直イカレてるなお前」


 そんな事を俺が宣言した後、奴隷商は呆れたように笑う。当たり前だろ、正気でレスラーやれっか。


「また一緒だー!」


 娘は大喜びで抱きついてきた。とりあえずノリで抱きかかえたままグルグル回すと「キャー」と喜んでる。奴隷商が何か睨んでるけど、ファンサービスだから。


 ――俺はこの世界をレスラーとして生きていく。憧れの空中殺法を駆使するレスラーに。


 ――そんな話の裏側で。

 俺を貶めた兄弟の方が実は違法奴隷商と繋がりが合った事が判明したり。

 無実だと判明した俺を、女騎士が探す決意を固めていたり。

 色々とコトが起こっている事を、俺が知る訳も無かった。

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異世界覆面レスラー 高久高久 @takaku13

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