この身を滅ぼすほど愛してほしい
橘スミレ
第1話
首輪を付けられ、常にどこにいるか
覚えが悪いの怒らず、根気強く躾けて貴方好みに変えられる。
貴方のためだけに存在して、貴方しか愛せない。
それなのに、いつも側にいないと落ち着かない。
いくら枷を掛けても不安で仕方がないから、仕舞いにはお互いの血を飲み相手の一部となって共にいる。
「私も、こんな恋愛がしてみたい!」
最終ページを開いたまま思わず机に突っ伏した。
攻めの執着心が素晴らしい。どこまでもどこまでも重い。そして攻めの全てを受け止め包み込む受けの慈愛がまた良い。寂しくて不安で怯える攻めの行動を全て受け入れる懐の深さ。
「惚れた相手にされることなら何だって嬉しい」
と言って縛られようが傷つけられようが全てを聖母のような表情で受け止め、攻めと共に苦しもうとする。彼の苦しみに寄り添おうとする。でもその根底には、彼なら自分から離れないという執着心がある。
お互いに求めあう重い気持ちがとっても美味しいBL小説だった。
大好きな先生の新刊。読み終わる時間も決まっている。
ナイスなタイミングでお腐れもの同盟を組んでいる友人がやってきた。
「まーた重いの読んでる。本当に好きだね」
「うん。マジ好き。憧れる」
「そうみたいだね」
友人は隣の机から立ち上がると私の机の前へやってきた。
ちょうど私を見下ろす体勢だ。彼女の手が私の頬は伸びてくる。
人差し指と中指が頬を伝い顎にやってきて、くいっと持ち上げられた。所謂顎クイってやつだ。顔が良いせいで妙に格好いい。
「私と試してみない?」
あまりにも唐突な提案にポカンとしてしまった。
急に腐女子の友人から言い寄られて驚かない人間がいるだろうか、いやいない。
今までそういった雰囲気になったことがなかったので驚いた。非常に驚いた。
だが、落ちついて考えてみると悪い話ではない。
友人、しかも顔の良い嗜好の合う友人に、執着愛を感じさせてもらえるのか。
女体化百合、にょたゆりも男女恋愛作品より嗜んできたからだろうか、女子同士で付き合うことに何ら抵抗はない。良いかもしれない
「する! 試してみる!」
私は軽い気持ちで提案に乗ってしまった。
相手が相手だったため後悔こそしていないが、客観的にみてもう少し考えるべき状況ではあったと思う。
彼女の行動ははやかった。
提案に乗って、お付き合いを開始したのが昨日。
そして今日、早速「私のものっていう証」といってネックレスを渡された。本当は犬用の首輪とかが良かったんだけど、流石に目立ちすぎるから、ということらしい。
金のチェーンで、イカリのモチーフがついたオシャレなネックレス。制服の下に隠してつけられる長さだ。
「それ、毎日つけてきて」
なんて命令形なのが小説で読んだ攻めと重なって、嬉しくなった。
次にアクションがあったのは一週間後。ネックレスをつけるのに慣れた頃だ。
最初の頃はシャツの第一ボタンを留めていることを指摘され焦ったりもした。だが次第に慣れてきて落ち着いてきた頃だった。
声をかけられたの帰宅中。ドラマCDを聴いてキャッキャしていた時だった。
「これスマホ入れて」
指定されたアプリは位置情報を共有するためのもの。ついに本格的な監視が始まる。そう思うとワクワクした。
だが、位置情報を共有しても大して意味はなかった気がする。別に見られて困る場所に行くわけでもないからだ。強いて言うならば一緒に帰れそうな位置にいた時に待機を命じられるくらいだ。それも一緒に帰れて嬉しいので問題ない。
なんとなく不完全消化のまま二週間経ち、ついにデートに誘われた。
学校の近くに集合して、映画を観に行ったりご飯食べたりして過ごして、最後にカラオケにきた。
躾の真似事をするためだ。
彼女はお手、おかわり、みたいな指示を私に出す。まるで犬に芸を仕込むようで、ちょっと楽しい。けれど合間に甘い言葉を囁くのはやめてほしい。
「可愛い」「愛おしい」「食べちゃいたい」
彼女にそう言われるのが嬉しくて、勘違いしてしまいそうになる。これはただのお試しのはずなのに。
あまりにも口説き言葉が多いので、躾がひと段落したときに聞いてみた。
「これは、お試しなんだよね」
「そうだよ。お試しだよ」
「本当に、それでいいの?」
問い詰めるようにじっと見つめる。
自分だって変なことに付き合わせている自覚はあった。だから、この遊びが嫌ならやめようと思った。また普通の友人に戻ろうと思った。
だが彼女は別の方向に嫌がっていた。
「本当は、その、もっと色んなことしたいし、重いけど、ちゃんとお付き合いしたい、です」
最後の方は小声になっていたが、それでもハッキリ聞こえた。
お付き合い、それも私と。
まあ驚いた。それこそお試しを提案されて時のように。だがやっぱり特に問題ないと思った。
私だって半端な覚悟で憧れていない。愛されて、愛されすぎてこの身が滅びようとも構わないと思っていたのだ。
「じゃあ付き合おう。これから、よろしくね」
「いいの? 本当に?」
「本当だよ。今から証明してあげる」
私は鞄をあさって筆箱を探し出す。その中からカッターナイフを取り出して指先を少し切る。じんわりと血が滲んだ。
「口開けて」
彼女は素直に口を開けた。そこに指をさしこむ。
傷口が痛むがどうでもいい。
彼女の口内に血を流して、抜き取る。
「これが証明。ずっと捨てないでよね」
この身を滅ぼすほど愛してほしい 橘スミレ @tatibanasumile
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