(43)11.3 エデルの素顔
エデルが仮拠点へ戻ったとき、マゾンデリコスにつけられた印が反応する。
「魔物か……? どこにいるんだ」
体の向きを変え、魔物がいる方向を捜す。魔物がいるということは、異界門もあるのだろう。それは海の中かもしれない。
「あれか」
印が示す方向へ体を向けると、本土の方角に全体の輪郭が三角に見える魔物がいた。ここで討伐できるのならしてしまおうと、小舟に乗り込む。魔法を使って小舟を動かし、魔物に近づいていく。
「……殿下!?」
近づくにつれて魔物の姿が露わになってきた。頭がオレンジで足が黒い、巨大なタコだ。頭が四つあり、東西南北を監視している。そして足は、三十本以上ありそうだった。その足の一つに、アレクシスが捕まっている。
小舟で近づいていたが、こちらを見ていた頭に気づかれてしまった。
「っ」
バシンッと足で海面を叩かれ、大きく波打つ。一度目は波に乗れたが、二回三回とその攻撃が続くと、小舟は耐えきれなかった。真っ二つにされてしまう。
素早く魔方陣を描いたエデルは、空中から
「世界に満ちる風の精よ、我に力を与えよ!
魔物に捨てられたアレクシスを魔法で救えるようにし、エデルもアレクシスに近づく。
また眠らされていたアレクシスを風籠ごと島へ運ぶ。陸に着いてから魔法を解除した。
「殿下! 起きるんだ」
ぺしぺしと、アレクシスの頬を叩く。すぐには起きそうになかったため、目を覚ましたときに供えて食糧を調達することにした。
リンゴをもぎ、茸を収穫し、海に潜る。昨日食べた魚を数匹捕まえ、すぐに食べられるように準備しておく。
服を乾かし終えてもう一度アレクシスに声をかけると、ゆっくりを目を開いた。
「殿下。食事の支度が調っている。空腹なら用意するが、どうする?」
アレクシスが、エデルの方を見たまま動かない。起きたと思ったがまだ寝ぼけているのかもしれない。そう思い、体を起こすのを手伝う。が、しかし。
「エエエエエエエエエエエエ、エル!?」
ズザザーッと、もの凄い勢いで座ったまま後退した。そのせいで、アレクシスの尻が海水で濡れる。貝殻や漂着物の欠片などは回収していない。ケガをした可能性がある。心配になってエデルが近づいたら、アレクシスは素早く立って距離を置いた。
「その様子なら、ケガはしていないみたいだな。わたしが服を乾かそうか? それとも殿下がやってみるか?」
質問しても、アレクシスは答えない。あんぐりと口を開けたまま。
「殿下? どこか体調が悪いのか? それなら治癒魔法をかけるが……」
「エル? エルだ!? エルなんだよな……」
「何度も確認しなくても……あぁ、そうだ。この機会だから殿下には伝えておこう。わたしの名はエデル」
「エル? える? エデル? どうして名前を変えて??」
「大会に出る際、本名のままだと性別で侮られてしまうと思ったんだ。エルならば、どちらかと言えば男らしいだろう?」
「それは、確かに……」
アレクシスは混乱しているようだ。それもそうだろう。突然本名を明かされたのだ。呼び慣れた名前ではないから、アレクシスからしたら急に他人が現れたようなものかもしれない。
「それで、殿下。服を乾かすか? 自分で魔法を使うか?」
質問すると、アレクシスはどかっと地面に座った。どうやら先に食事のようだ。
エデルが準備を始めると、アレクシスがじーっと見てきた。
「殿下? 何か気になることでもあるのか」
「声は、エルなんだよな。服は罪人用のものだけど、体格もエルなんだよな」
「そうだ。わたしは殿下の護衛だった、エルだ」
魚と茸を火の近くで焼いているが、アレクシスは未だにエデルだと理解できていないらしい。
アレクシスが、エデルを見て呆けている。
「殿下?」
「っ、心の準備がっ!!」
様子を窺おうと顔を覗けば、アレクシスは顔を真っ赤にして自分の腕でその顔を隠す。
「長く行動を共にしていたのに、今さら何を……」
「エル!! どうして仮面を着けていないんだ!?」
「あ」
アレクシスに指摘され、ようやく思い出した。エデルは今、素顔を晒している。
両目尻や右口角の下にある黒子、通った鼻筋。健康的な榛色の瞳。それら全てを、アレクシスに見せているのだ。
素顔でいると、いつも揉め事が起きる。だから白い仮面をつけていたが、無人とされる島だから外していた。
今は、エデルとアレクシスしかいない。揉め事は大抵、複数の人が関わっていた。
アレクシスしかいないとはいえ、エデルの素顔を見たから挙動がおかしかったのかもしれない。
「殿下。一つ聞いても良いだろうか」
「な、なんだ!?」
「わたしは昔から、素顔のままだと争い事が起きる。だから仮面を着けていたのだが……わたしの顔は、それほど見るに堪えないのだろうか」
「……は? マジで言ってる??」
「大真面目だ」
アレクシスは驚いたようにエデルを見る。何か言おうとしたが、先に食事を取るようだ。焼かれた魚と茸を食べている。
無言の食事が終わってから、アレクシスが言う。
「……エルが城下に連れ出してくれた時にも言ったと思う。エルは、顔が良い。いや、良すぎる! 断言する。エルの素顔を見て争っていたのは、誰がエルと過ごすかを競っていたんだ」
「ほぅ……?」
「その顔はまだ理解できていないな? エル。おれは何だ?」
「突然なんだ。殿下は殿下だろう?」
「おれの役割は?」
「役割? 精霊王の愛し子ということか」
「そう。精霊王の愛し子っつーのは、精霊王が超美形だと認めた人間がなるんだ。つまり、おれは超美形ということになる。そのおれが言うんだ。エルは……超絶美形、ってところか」
「それはつまり?」
「おれよりも美形ってことだよ。だからエルの顔が近づくだけで心臓が跳ね上がる」
「なる、ほど……? つまり、殿下がたびたび挙動不審になるのもそういうことだと」
顎に手を置き発言した。すぐにエデルの言葉にアレクシスが反応すると思ったが、息を呑んだ。そして、何かを決意したかのような目になる。
「……エル。おれの気持ちは、エルを幸せにはできないかもしれない。十年前のことがあって、ずっと諦めていた。でも、勝手だけど、エルとだったら越えられるような気がするんだ」
「それは……」
真剣な目をするアレクシスに見つめられ、エデルも視線を交わらせる。アレクシスが再び言葉を紡ごうとした、そのとき。
エデルの攻撃を受けて逃走していたタコの魔物が戻ってきた。海中から現れた魔物は、ジュムニ島へ近づいてくる。
「殿下はそこで待っていてくれ!」
すぐに魔方陣を描き、空を蹴る。上空から風槍を放とうとして、長い足が何本も襲いかかってきた。それを避け、うねる足の上を駆ける。ぐにぐにして足場が悪いが、上下左右に走り回った。そして数本の足を絡めることに成功。残りも同じようにしようとしたとき、エデルのすぐ後ろで何かが弾けた。
魔力の残滓はすぐに消えてしまったが、薄緑色をしていた。島からアレクシスが風魔法を放ったのかもしれない。
アレクシスの攻撃は弱くダメージを与えるようなものではなかったが、何度も放たれることによって魔物の注意を引いてくれている。その隙に、四つある内の一つの頭を蹴り上げた。攻撃を受けた部分の魔物の頭は、口から泡を吹いている。残りの頭も気絶させると、魔物は海の中に沈んでいった。
ついでに付近にある異界門の場所を突き止めようと、海に潜ろうとしたとき。島の方から強い魔力を感じた。
「殿下!!」
エデルは空を蹴り、すぐに島へ戻る。魔物と戦闘していただけなのに、その気配に気づけなかった。
以前城下で会った魔人が、アレクシスを攻撃している。極大の火球が、周囲を燃やしていた。
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