(29)7.5 アレクシスの優しさ
「ぷはっ」
滝壺から浮上したエデルは、アレクシスを抱えながら流される。どうにか岸へ行こうとするが、眠ったままで意識がないアレクシスを抱えたままでは身動きもしづらい。
どうにか岸に着けたのは、流れが緩やかになり川底の石に足が届くようになってからだ。大分下流まで流されてしまった。
秋とは言え、山の中だ。川の水に体が冷やされてしまっている。入浴用の薄い着衣姿のままのアレクシスは、エデルよりも命を落とす危険性があった。
「殿下。起きるんだ」
岸に上げたアレクシスの頬を叩く。唇を青紫にしているアレクシスが、体を震わせながら目を開けた。
「ここ、は……?」
「かなり下流に流されてしまった。すぐに合流は無理だろう」
デカパは兵士に討伐されただろうか。周囲に魔族はいるだろうか。そんな不安もあったが、まずは冷え切ったアレクシスの体を温めないといけない。
「っ、寒っ」
ピューッと、山の風が吹く。すでに日が沈んでしまったようで、周囲が暗くなってきた。エデルは着ていた詰め襟の上着を脱ぎ、アレクシスの肩にかける。
「エルが風邪を引く」
「そんなこと、今は気にする必要はない。どこか壁のあるところを捜そう」
上着を返されそうになったが、断固拒否して移動する。周囲に魔族の気配がないかどうか気にしながら、火種になる薪を拾っていく。
そうして辿り着いたのは、川からそれほど離れていない洞窟。というより、空洞という方が近いかもしれない。奥行きはそれほどなく、入口は一つだけだった。
「世界に満ちる土の精よ、我に力を与えよ!
空気穴を残して壁を作る。それから小さな火球で薪に火をつけた。
焚き火の近くにアレクシスを座らせる。
「これで少しは持つだろう」
「エルも座れ」
外の様子を見ようと入口付近にいたら、アレクシスに手を引かれた。そして強制的に、エデルも座らせられる。
「っ、くしょんっ」
「すまない。薪を追加できるまで寒い思いをさせる」
「いや、問題ない」
鼻をぐずっているアレクシスは、入浴用の薄い着衣姿のままだ。エデルよりも体は冷えているだろう。
「世界に満ちる火と風の精よ、我に力を与えよ!
エデルは自分が着ていた服を素早く乾かし、アレクシスに抱きつく。
「っ!? エル!?」
「すまない。脱いでもらって乾かした方がいいとは思うが、そういうわけにもいかないだろう?」
乾いた服に移った水分を、また魔法で乾かす。それを何度も繰り返そうとしたが、アレクシスに止められた。
それどころか、焚き火の前で正座させられる。
「……エル。何度も言うが、おれは男だ」
「それはわかっている。そんなこと、今さらだろう?」
「いいや。エルはわかっていない。おれが男だということを」
「? 殿下は男だろう? 十分わかっている」
「いーや、わかっていない」
「なぜそう思うんだ」
「それは……」
アレクシスが、ちらりとエデルの胸元を見た気がした。
(……水に濡れたのが災いした、か? さすがに誤魔化せないか)
控えめといえど、エデルも性別は女。胸はある。乾かすためと体を寄せたことで性別がばれてしまったのかもしれない。
今まで黙っていたことを詫びよう。そう、エデルが覚悟を決めたとき。アレクシスから質問された。
「……エルは、なんでおれの護衛を引き受けたんだ」
「なぜって……それは仕事だからだ」
「違う。仕事は護衛だからだ。そうじゃなくて、そもそもどうして護衛を引き受けたんだ」
「それは……成り行きで殿下を救出し、ノーマンから護衛になるようにと」
「エルは、おれにつきっきりだ。こう……家族とか、こっ、恋人とか、帰りを待つ相手はいないのか」
後半は若干早口で聞き取りづらかったが、専属護衛であることで家族に心配をかけているのでは、ということだろうと判断した。
「心配には及ばない。わたしを待つのは弟のアルヴィーだけだ」
「そ、そうか」
安心したような顔をする。部下の家族のことまで心配するとは、やはりアレクシスは優しいのだろう。
「エルは、おれの専属護衛になる前は何をしていたんだ」
「様々な大会に出場した。臨時の仕事もしたし、アルヴィーの傍にいるためには何でもしたさ」
「そうか。……エルは、どうして素顔を晒さないんだ?」
性別を追求されないと思っていたが、それは違うらしい。エデルが仮面を着けるのは、外せば女とわかってしまうからだ。
(……どうする。やはりここで、黙っていたことを伝えるか)
エデルが身構えたとわかったのだろう。アレクシスは、慌てたように続ける。
「い、いや、隠したいことだってあるよな。悪い。エルを困らせたいわけじゃないんだ。それより、これからどうする?」
明らかに話をそらした。これも、アレクシスの優しさだろう。
その優しさに、浸ったままで良いのか。
アレクシスの配慮が嬉しいと思う。しかし無用な争い事を招かないためとはいえ、護衛対象のアレクシスに顔を見せないままなのはどうなのか。
ここは、正直に顔を見せた方が。
そう思っていたエデルは、洞窟の外に魔物の気配を感じた。
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