(19)5.3 五色蜘蛛を討伐


 体が運ばれたとわかる歪みを感じた後、魔界へ来た。出た場所は魔界の中の森のようで、灰がかった色の葉のない木が並んでいる。その枝にいくつも、蜘蛛の糸が垂れ下がっていた。


 現在地は、前後左右への道が開けている。どこへ向かえば良いのか周囲を窺っていると、異界門から右方向に体を向けたときに反応があった。


(マゾンデリコスが死して尚体内にある目印とやらは、どうやら魔物探索に向いているらしい)


 反応があった方角を観察してみると、枝から垂れ下がっている蜘蛛の糸が、他の方角の糸よりも新しい気がした。


 エデルは、右の道を進み始める。

 歩き続けていくと、気づかないうちに足下に張られた糸を切っていたらしい。急に右足をクッと引かれ、枝から吊されたようになった。ポケットに入れたポーションが落ちそうになる。


「っ、罠かっ」


 ズボンの裾が捲れ、晒された足首に絡みついた糸から生命力が奪われていく。すぐに火球を放って糸を焼いた。

 空中でくるっと回転して体勢を整え、着地する。怪我することなく着地できたものの、回転した拍子に二本のポーションを落として割ってしまった。

 ポーションの残りは、尻ポケットに入れた二本だけ。


「……魔人は知恵が回るが、魔物は何も考えていないと思っていた。しかしどうやら、アラコラは知恵があるようだ」


 一度目のゴリラス、二度目のアヒロヒソフィトは自分の欲望に忠実だった。それはまるで、三度目に対峙したマゾンデリコスの考え方を真似して動いているように感じられる。


 マゾンデリコスは紫色の髪と瞳をしていた。そしてゴリラスやアヒロヒソフィトも紫だ。それはつまり、マゾンデリコスの配下だと示しているのではないか。


(そう考えると、テタポデは少し違うような気がする)


 前回の魔物は、まるでエデルを罠にかけたように落とし穴へ誘導した。そして今回の、アラコラ。通り道に糸を張り、それに連動した罠を仕掛けている。


「知恵のある魔物か……やっかいだな」


 何度も罠に引っ掛かるわけにはいかない。アレクシスが攫われてどんな状態か不明だし、何より糸に生命力を奪われてしまう。今回はすぐに罠から逃げられたが、繰り返せばポーションを飲まなければいけなくなる。残りの二本は、できる限り残しておきたい。


 エデルは足下に注意しながら、罠の先を行く。幸いにも罠は足下だけで、体の高さの罠はなかった。


(っ、殿下)


 進んでいくと、アレクシスを発見した。服の上からぐるぐる巻きにされたアレクシスは、森の中の開けた場所全体に張られた巨大な蜘蛛の巣に捕らわれていた。恐らく、また眠らされているのだろう。


 アレクシスの近くには、オレンジの頭で赤と青の脚をした巨大な蜘蛛がいる。緑と黄色の胴体を含めて全体を見ると、言いようのない気持ち悪さを覚えた。ずっと見ていると目が回るような、そんな気持ち悪さだ。


 アラコラの隙を突こうとじっと見ていたエデルは、歪んだ視界を正すため目を閉じる。目を閉じても残像が見えなくなった頃、気配を感じた。


「っ!」

「アーの家に何しに来たっぞ!」


 すぐ目の前に、アラコラがいた。反射的に退き、用意周到に張られていた蜘蛛の糸に捕まる。糸が触れた素肌から生命力を吸われている感覚になり、火球を飛ばす。


「アーの家、燃やすなっぞ!」


 まるでエデルを威嚇するように体を何度も揺さぶるアラコラは、アレクシスも捕まっている巣に移りそうだった火を消す。アレクシスに引火しなくて良かった。


(火が使えないとなると……)


 どうやってアラコラを討伐するかと考えていると、揺さぶっていたアラコラの動きに合わせて捕まっているアレクシスも揺れていた。


 ぐるぐる巻きにされて蜘蛛の巣にくっついているような状態だったが、先程の揺れでその接着面が浮いたらしい。最初に見たときよりも少し下の地面側にアレクシスが寄っている。

 これを繰り返せばアレクシスを蜘蛛の巣から解放できるかもしれない。そう思い、アラコラに水球を飛ばす。ぴゅっと出された糸が、水球を弾く。


「アーにはそんなの、効かないっぞ!」


 攻撃は弾かれるが、アラコラが糸を出すと巣が揺れる。アレクシスがまた少し地面に近づいたことを見て、何度も水球を繰り出す。


「お前、バカなの? アーには効かないって言っているっぞ!」


 エデルの攻撃は、何度も弾かれる。しかしそれは計算通りで、アレクシスがようやく地面に落ちた。ちらちらとアラコラの背後を見ていたからばれたのだろう。アラコラがようやくアレクシスの状態を見た。


「っ! お前、頭良いっぞ! でも、こいつは渡さないっぞ!」


 アラコラはぴゅっと糸を出し、アレクシスを巣の上部へ放り投げる。しかしそのときにアレクシスの首に触れたのだろう。アラコラが、ぐらりと揺れた。アラコラと繋がっている糸は、アラコラにダメージを負わせるのかもしれない。


「殿下っ!」


 張っていた蜘蛛の巣の一部が溶けるようになくなり、アレクシスが拘束されたまま落下していく。巨大な蜘蛛の巣の目をかいくぐってアレクシスをキャッチはできた。


「っく……」


 アレクシスを拘束していた糸が、エデルの手に触れる。生命力が奪われる感覚になり、脱力しそうになった。目眩を覚えながらも、アレクシスの拘束を解く。そしてすぐにポーションを飲んだ。


「あー!! そんなの、ずるいっぞ!」


 まるで地団駄を踏む子供のように、アラコラがまた巣を揺さぶる。その揺れでアレクシスが絡めとられ、また蜘蛛の巣に捕らわれてしまった。蜘蛛の糸は、服から出ている手や首に触れないようにしている。


「お前、ずるいっぞ! 臭いやつ、まだあるのはアーにはお見通しだっぞ!」


 次はアレクシスをどう助けるかと考えていると、アラコラが糸を出した。その糸は、的確にエデルの尻ポケットを狙う。


 躱すにもすぐ近くに蜘蛛の巣があり、躱せなかったのだが。


「ああぁああぁああぁっ」


 ポーションの液体が糸にかかった瞬間、アラコラが悲鳴を上げた。かと思うと、まるで酔っぱらったかのようにヒックヒックと短い声を出す。

 アレクシスを捕らえている蜘蛛の巣は、ピンと張られた状態から弛んだ。重みに耐えられず、アレクシスを解放する。


「殿下!」


 アレクシスを受け止めたエデルは、そのまま肩で担いでその場を離れる。振り返ると、規則正しく張られていた蜘蛛の巣は、大穴ができていたり、縦線と横線が繋がってなかったりして不規則な状態になっていた。


 自分達に燃え移らないような位置まで移動してから、エデルは火球を放つ。端の蜘蛛の糸から、ゆっくりとアラコラの方へ火が進んでいく。そして、引火した。


 エデルはアレクシスを一度地面に置き、抱き上げ直す。そして、入ってきた異界門を通って魔界から出た。

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