あこがれ

浅葱 ひな

あこがれ

杏樹あんじゅには、どれだけ謝っても足りないのです』


 頭の中に優しくも哀しげな声が響く。


「イヤイヤ、謝るのは、わたしのほうだと思うんだよぉ……。リーナの意識を閉じ込めちゃうみたいになってるんだし……」


 最近のパジャマトークは、だいたいこんな感じだ。

 天蓋つきの、わたしにとっては大きめなベッドの上で、ひとりで、項垂れたり慌てたり、泣きそうになったり、それを慰めたり……。いろいろと忙しい。イヤ、もしこの現場を目撃されたら、挙動不審人物として見られることは確実。



 そう、わたしこと桜坂さくらざか杏樹あんじゅは、ある日の朝、目覚めたら、この世界のこの体にいた。いわゆる、異世界転生? かと思った時、頭の中に声が響いた。


『わたしの中にいるのは……誰?』


 そりゃ、驚いたよ。いきなり幻聴? って、周囲を見渡せば、見知らぬ光景がそこにあって、その勢いで揺れた髪は、蒼みがかった銀色で、思わずその髪に触れた自分の手は……、とても小さくて。

 わたし、桜坂杏樹の体ではなかった。


 でも、幻聴かと思えた声は、妙に落ちついていて、それでいて優しくて……。おかげで、わたしも冷静になれた……気がした。たぶん、混乱して暴れられるとでも思われたんだろうな?


『そのとおりですわ!』

「そんなことしませんっ!」


 リーナは愛称で、本名はアンジェリーナというのだそうだ。本来の愛称はアンジェなのだが、アンジェと杏樹で、ややこしいからと、後に自分から提案してくれたのだ。


 それから、この世界のことやこの国のこと、今、居る場所のこと。この転生は、この世界のどこかで、召喚魔法が使われ、わたしは、それに巻き込まれてしまったのではないかとのこと。

 そして、リーナは、療養のために、この領都のはずれで、家族と離れて生活してることなどを教えてくれた。


「療養……? だから、この体はこんなに病的に細いのか?」



 この問題は、わたしの持つ、わたしの世界の知識で対応ができたんだけどね。わたしも小さい頃、そうだったし……。

 これに絡む険悪だった問題も、リーナの努力とわたしの入れ知恵で乗りきりつつあるし。



「わたし……、この世界に来てからずっと、リーナのことを、すごく素敵な女の子だなって思ってたんだよね〜」

『わ、わたしも、杏樹のようなお姉さまが欲しいと思っていたのです。杏樹は、わたしのあこがれですわ』


「ありがとう、そう思ってくれてたら嬉しいねぇ〜」


 わたしはリーナの言葉が嬉しくて、ついつい、自分の華奢な体を抱きしめる。


『でも、わたしの意識の所為せいにして、身悶えるのはやめてほしいですわ』

「はい、気をつけます」

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あこがれ 浅葱 ひな @asagihina

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