キミョウナノロイ~ハズレ職業らしいけど、案外悪くない気がする~

翡々翠々

プロローグ 迷宮庁書庫より

 ──『ダンジョン』


 ──それは言わずと知れたファンタジーにおける定番中の定番。


 モンスター達が跳梁跋扈する魔境であり、財宝の眠る楽園。


 冒険者達は剣と魔法で道を切り開き、いずれ大いなる栄光を手にする──






 人々がそんな夢物語に思いを馳せていたある日、異変は起こった。


 九州の西、長崎港から南西に約19km離れた沖合いにある島──『軍艦島』。


 かつては石炭の採掘により急速な発展を遂げたこの島は、エネルギー資源が石油主体になったことにより、無人島と化した。


 今では観光客向けの上陸ツアーが組まれており、世界遺産登録の後押しと合わせてほどほどに賑わいを見せている。






 最初に異変に気づいたのは、上陸ツアーに参加していた大学生三人のグループ。


 動画投稿サイトで配信者として活動していた彼らは、過激な動画内容や傍迷惑な行動で注目を集めており、その日も動画を撮影するべく島を訪れ、早々にツアー一行から身を隠していた。






 ──「タケ! トオル! カメラ回すよ」


 「OKOK! はい、世界中の皆さんこんにちは! 俺たちおなじみ無敵の三人組、TTTのタケと!」


 「同じく、トオル参上!」


 「カメラマンのテルでーす」


 「今日の動画はスペシャルバージョン! なんと軍艦島からお届けしております! てゆーか、軍艦島って名前イカツくね? 俺初めて聞いたんだけど」


 「俺、名前だけ聞いたことある」


 「え、マジ? トオル頭良っ! 俺が馬鹿みてぇじゃん!」


 オープニングトークを続ける二人にカメラマンのテルが企画を説明し始める。


 「今日の企画は、『世界遺産、軍艦島の建物バレずに崩してみた!』です。存分に暴れちゃってください!」


 「ここ世界遺産なん!? じゃあ、再生数ヤバいんじゃね!? めっちゃいいじゃん、やる気出てきたわ!」


 「俺も俺も! タケと俺で更地にしてやろうぜ!」


 「じゃあ、最初にあのアパートの壁ぶち抜きに行こうぜ! ボロボロだし、蹴っただけで崩れそうじゃん!?」


 鉄筋コンクリートで造られたアパートに二人が走っていくのを見届けたテルが、一度録画のスイッチをオフにして後を追う。






 アパートの目の前まで来て、録画を再びスタートしたテルが近づいていくと、部屋の直前でトオルが立ち竦んでいた。


 テルが笑いながらカメラを向ける。


 「トオルさん、動きません。世界遺産にビビってしまったのでしょうか笑?」


 テルの存在に気づいたトオルが小刻みに震えながら前方を指差す。


 「あ、あれ…」


 風化して崩れた壁の向こう側、住居のリビングであろう部屋の中心で人間が倒れていた。胸にぽっかりと空いた穴から、既に死んでいることは容易に理解できた。


 しかし、死体の顔が先程まで自分達と話していた友人のものであるのを見て、理解が一瞬で追い付かなくなった。


 「う、うわあああああ!!」


一拍空いて驚愕と恐怖が身を襲う。尻餅をつくと同時に落としたカメラが、地面とぶつかり鈍い音をたてる。


 「タケ!? いやいや、ド、ドッキリだろ!? 二人がグルなんだろ!? そうだよな!?」


 そうであってくれと願いながら、未だ立ち竦んだままのトオルに捲し立てるが、未だ現実に帰ってきているようには見えなかった。


 「なんとか言えよ!」


恐怖が一周回って怒りに転じたテルが、トオルを殴り飛ばす。完全に無防備な身に放たれた右の拳は、トオルを正気に戻すには十分な威力を持っていた。


 「おい! まだ殴られ足りないか!?」

 「ん……テル?」


 「聞こえてるんだな? ドッキリは終わりだ! 悪趣味な企画立てやがって」


 怒りを撒き散らしながら、落としたカメラの方へ向かう。


 「ち、違う! ドッキリじゃなくっ」


 「は?」


 中途半端に途切れた弁解。


 振り向いた先には首から上が無くなったトオルが崩れ落ちていた。


 忘れていた恐怖がより一層の圧力を伴って襲いかかる。


 カチカチと歯を鳴らしながら無くなった首を探すように所々穴の空いた天井を見上げると、そこには影があった。


 大きな影だった。少なくとも自分の三倍はあるだろう。


 二人がこの影に殺されたことは理解するまでもなかったが、逃げようとする意思が湧くよりも早くまたひとつ首が飛んだ──






──2052年7月18日、日本の長崎県に属する端島、通称『軍艦島』にて、上陸ツアーに参加した大学生グループ三人と三人を探しに行ったガイド一人の行方がわからなくなったとツアー会社から警察に通報、大浦警察署から警官二人が派遣された。


 立ち入り禁止区域に進入した可能性を考慮し捜索を行ったところ、住居の中で四人の男性の遺体と破損したカメラを発見。


 いずれも他殺の可能性のある損壊が確認できたため応援を要請、現場保持に勤める。


 後に行われた司法解剖の結果、四人全員に大型の獣に教われたような傷が確認された。


 カメラからサルベージしたデータに体長3m超の狼のような動物が二階から顔を除かせている様子が写っていたことと合わせて、犯行はこの獣によるものと断定。


 既存の生物と大きく解離していることを鑑み、獣を便宜上『ハシマオオカミ』と呼称し、捕獲作戦が計画された。






 2052年7月24日、『ハシマオオカミ捕獲作戦』開始予定日の前日、端島内に存在する建造物群の大規模な崩壊を観測。


 上空からの偵察を試みたところ、ハシマオオカミの群れが島中央の地下へと続く階段から出現していることを確認、捕獲作戦が中止となる。






 2052年7月25日、和歌山県の熊野古道、中辺路の道中と北海道支笏湖の畔にて、先週までなにもなかった場所に地下への階段があると通報を受ける。


 この事態に対し、阿倍野首相は外国からのテロを想定、自衛隊に待機命令を下す。






 2052年7月26日、アメリカ、ロシア、イギリス、エジプト、オーストラリア、中国が謎の地下空間の出現を発表。これに日本も続く。


 その後の各国の調査により、地下空間は想定されていたよりもかなり広大であることが判明。また、既存の種に当てはまらない生物、鉱石、植物などの資源を多数確認した。






 2052年8月1日、緊急で開催された国連会議にて、地下空間を『ダンジョン』、ダンジョン内の生物を『モンスター』と呼称し、対応は各国主導で行うことが決定された。


 会議後、日本は『迷宮庁』を創設し、新規資源の獲得に動いたが、『魔法』を用いるモンスターの出現により、攻略は難航を極めた。


 そこで迷宮庁は『冒険者制度』を導入、一般の志願者に攻略資格を与えることで頭数を大幅に増加させる。


 以降、二十年にわたりダンジョンの攻略と研究が進められている。──迷宮庁著『我が国におけるダンジョンの出現とその攻略の変遷』






 人々は歓喜した。


 夢にまで見た魔境が、楽園が、現実となったのだ。


 我が剣で、我が魔法で、道を切り開くのだ。


 誰もが富と名声を求め、冒険者としての一歩を歩み始めた。

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