台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに

にしのくみすた

第1話 プロローグ:魔女は夜空であやしい実験をする

「……せ、先輩。本当にいいんですか……?」


 モチコはまだ悩んでいた。

 ミライア先輩が、また変なことを要求してきたからだ。


 魔女のミライアは、ホウキに乗って夜空を飛んでいる。

 モチコは、そのホウキの後ろに二人乗りをしていた。

 目の前にあるミライアの背中をどんなにジッと見つめても、この変な先輩が何を考えているかは、全く読み取れない。


「問題ないよ。早く実験しよう」


 ミライアの答えに、小さくため息をついたモチコは、仕方なく『実験』を始めることにした。

 

 まずは、途中でメガネが飛んでいかないように、黒ぶちメガネを両手でしっかりとかけなおす。

 そのあと、前にいるミライアの背中に後ろから抱きつくようにして、身体をぴったりと密着させた。

 緊張で冷たくなった手を、スカートの上でこすって温かくする。


 すう、と息を吸った。

 意を決して、小さく深呼吸する。

 モチコは前に出した両手を、ミライアの制服の上着の裾から、ゆっくりと制服の内側へすべり込ませていった。


 モチコの手が、ミライアのお腹のあたりの肌に触れる。

 そこはあたたかくて、なめらかだった。


「……こ、こんな感じで、どうでしょうか?」


 おそるおそる触れた手を少し動かすと、ミライアがふいにビクッと身体をこわばらせる。


「モチコ、触り方がいやらしい」

「せっ、先輩が変なことをさせるからじゃないですか!」


 必死の弁解をするモチコに、ミライアはいつもと変わらない様子で言う。


「もっとしっかり触っていいよ。優しくされると、くすぐったい」

「わ……わかりました」


 今度は、もう少し力を込めて触れていく。

 人の肌にこんなふうに触れたことなんてないので、加減がよく分からない。


「……これならどうですか?」

「ん。いい感じ。もっと上も触って」


 ミライアの要望に応じて、モチコは手を少しずつ上へ移動させていく。

 手のひらにおへそのへこみを感じた。

 さらに上へ進むと、そこから身体が丘のように盛り上がっていく。

 ……これより上は気まずい。


 そう考えたとき、ふと違和感に気づく。


「先輩……し、下着はどうしたんですか……?」

「ん? 洗濯が間に合わなかったから、着けてない」

「えっ!?」

「気にしないで、触っていいよ」

「な、なに言ってるんですか! 触りませんよ!!」


 この変な魔女は、いったい何を考えているんだろうか。

 本当に困った先輩だ。

 モチコの動揺をよそに、ミライアは『実験』を続ける。


「じゃあ、そのまま触ってて。始めるよ」


 ミライアはそう言うと、魔力を練り始めた。

 黄金色こがねいろのオーラがミライアの身体を包む。

 次の瞬間、ホウキは猛スピードで前に飛び始めた。


 闇夜を切り裂くように飛ぶホウキが、黄金色の尾を引きながら空を翔けていく。

 スピードが最高潮に達し、しばらく飛んだあとで、ホウキは元の速さに戻った。


「うーん、あんまり変わらないかな。オーラを直で肌に当てれば、もっと速く飛べるかと思ったんだけど」


 ミライアが『実験』の結果をそう分析する。

 モチコも、ミライアの制服の中に入れていた手を外へ出した。


「先輩、今回も失敗ですね」

「実験に失敗はつきものさ。次に活かそう。うーん……やはり、肌が接する面積が関係するのか……?」


 先輩がまた、なんだか怪しいことをつぶやいている。

 変なことを言い出さなければいいのだが……。


「モチコ、次は裸で抱き合ってみようか」

「……ダメです!! こんなところで裸になったら、ただの変態です!」


 やっぱり先輩はろくなことを言い出さなかった。


「こんなところじゃダメなら、モチコの家のベッドならいいの?」

「いっ、いいわけないでしょがー! 先輩のヘンタイ!!」

「いや実験だし。ヘンタイと思う方が変態だと思うけど」


 モチコはミライアの背中をグーで殴っておいた。

 ホウキはあーだこーだ言うふたりを乗せて、真夏の夜空を翔けていく。



 史上最速で空を飛ぶことにこだわる変な先輩と、全く飛べないメガネの後輩。

 ふたりの『実験』はこうして続いていく。

 

 まずは少し時間を戻して、ふたりの出会いから話していこう。

 先輩は出会った初日から、本当に困った先輩だったのだ――。

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