第3話 条件…達、成……♡

 宿の部屋内の家具は大体が木製で、大きめのテーブルや様々な本が入った棚にはこの村の歴史を感じさせるような傷や汚れを、窓から差し込む雄大な青空が照らしていた。

「異世界でも、空の綺麗さは変わらないな。」

「むにゃむにゃ…あと2年もすれば魔王様の魔力で空は永久に暗黒に染まるから、もっと綺麗になるよ……、むにゃむにゃ……」


 青空と同じくらいだった俺の晴れやかな気持ちは、エルの魔族らしい返答で曇り模様になった。

「起きたか?悪いな、襲われると困るからって首絞めちゃってさ」

「君の精力を吸わせてくれたらいーよ」

寝ぼけながらも言うことはやはり魔族だ。このまま目を完全に覚まされたらまた戦闘になるだろう。何か対策をせねばなるまい。

「精力って、具体的にはどれくらい吸えば気が済むんだ?」もしかしたらあまり害にならない程度にしか吸わないのかもしれない。

「んー…まぁ、お腹空いてるから喰い潰す程度に吸いたいなー」俺の淡い希望はエルという魔族によって蹂躙され、踏み潰された。


「うーん…魔族を従える魔法とかあるのかなぁ」

俺は寝ぼけ眼のエルをシーツで背中合わせになるようにきつく縛り付けると、村人たちにエルを何とかできそうな魔法がないか、やんわりと聞き込みを始めた。

「おじいさん、魔族を従える魔法とか知らない?」まずは変態女装フェチじじい、改め村長からだ。

「んーとね、知ってる。教えてあげましょうか?」聞き込み最序盤にしてかなりの手応え、しかし此奴はまた無理な条件を飲ませてくるに違いない、俺は身構えた。

「じゃあ代わりに、そのサキュバスちゃんを暴れさせないと、お主が責任を持って一生保護すると約束してくだされ」村長は真面目なトーンで、淡々とそう言った。

「村長さん、俺がサキュバスを連れていると気づいていたのか?ならなぜ…」驚きのあまりつい丁寧な口調になる。


「なぜ魔族を連れた自分を村に入れたのか、ですかな?…村は冒険者を歓迎するもの。村長なら当たり前のことをしたまでですじゃ」今までただの変態じじいだと思っていた村長だったが、こんないい人間だったとは。ならば、俺もそれに応えるまで。


「まかせてください、村長。こいつは大切な仲間としてずっと一緒です。俺が責任持って面倒見ますよ」


「では教えましょう」


 それから俺は村長の家で魔導書を見せてもらい、魔導書の記述を元に2、3時間ほどかけて魔法を習得した。その間エルは背中でずっと暴れており、俺が魔法を習得した時には既に我慢の限界を迎え始めていた。


 自分の背中、エルの方から嗅ぎ覚えのある甘い匂いがする…これはサキュバスのフェロモンの匂いだ。

「村長!世話になりました!」俺はそう叫ぶと、村長の家がフェロモン漬けにならないように素早く村長の家を飛び出した。ここでエルを解放すると他の村人たちにもバレて敵対されてしまう恐れがある。俺はできるだけ息を吸わないようにして村の外まで石畳を駆ける。


 そして十分村から離れたことを確認し、背中に縛り付けていたエルを解き放つ。

「はぁ…♡はぁ…♡お腹ぺこぺこだよぉっ!」

空中に浮かぶエルは魔族らしい獰猛な笑みを浮かべる。

「エル、仲間になろうぜ」

俺は魔法詠唱の準備に入る。魔物を従える魔法の使用には、2つの条件がある。1つ目は魔物の名前を知っていること。もう1つは魔物に少なくとも片手くらい、体が魔物に触れていること。


 1つ目の条件はクリア済みだ。もう1つの解決のためにはエルを地面に降ろさなければならない。投げキスやウインクでは無理だが、直接的な攻撃のタイミングなら俺に触れるために降りてくるだろう。それまでは攻撃をかわし続けなければ─。


「まずは私の虜になって…♡」

エルはそう言うと口元に魔力が籠っているであろう妖しげな桃色のオーラを集中させ─放つ…!


前回のウインクより遥かに早い攻撃に、反射的に守りの姿勢を取ってしまう、そのままビーム状の魅了攻撃は俺の体を直撃した…!


「くっ…、はぁ…♡くそ…♡」

そのまま地面に俺はうずくまる。

「ふふ…大人しくなったねぇ〜♡」

そのまま魅了魔法の宿ったウインクで追い打ちをかけてくる。胸がきゅんと締め付けられる感覚。

そして…

「んちゅ〜♡」

エルは俺を抱きしめると直接的なキスをしてきた。吹き飛びそうな意識の中、勝ちを確信する。

「じ、条件…達、成っ……♡」


俺はエルを抱きしめ返すと、その体に魔力を流していく。相手に魔力を流し込むという動作に慣れるために練習に時間を要してしまったが、村長のおかげで慣れることができていた。


「さぁ、『エル』俺の仲間に──

──魔力が防がれた。


「ふふ、ごめんねぇ?対策はさせてもらっちゃったよ♡」俺に抱きしめられている体勢のエルは、その豊かな胸に俺の顔を挟み込みながらそう言う。


わけが分からない。魔法の熟練度の格差で効果が出なかった……?

「私はエルって名前じゃないよ♡君のラザエルって名前から借りた偽名♡♡気づかなかったんだね、かわいい♡」

なんということか、俺はずっと騙されていたわけだ。超近距離から漂うフェロモンに、俺の意識や理性などなどが崩壊していく…。しかし、

「残念だったな、サキュバス。俺が習得した『魔族を従える魔法』はこれだけじゃないっ!」

そう、俺はもうひとつ魔族を従える魔法を教えて貰っていた。それは、魅了魔法により相手の理性を崩し、恍惚とした頭の相手に契約を持ちかけて従順な下僕にさせる。そんな上位サキュバスが気に入った人間を手に入れる際に用いる戦法を丸パクリしたものらしい。


まずは魅了魔法だが、サキュバスのように手数で押し切るのは無理なので一撃必殺ということで、相手の体液を使う呪いまじない形式の物を教えてもらった。


俺は既にサキュバスにキスされていることで唾液を入手している、あとはこの唾液に魅了の魔法を込めて相手に返す。

「〜〜〜〜〜〜〜っ…♡」

舌を絡めるような形になったが、なんとか魅了は成功。サキュバスの顔はとろっとろに蕩けている。


「さて、このまま無理やり契約してもいいが。できれば俺は君の意思を尊重して対等に仲間になりたい。さもなければ敵として、君を倒さなければならないんだ。君を倒せば、はした金を得られる代わりに大切な仲間になれたかもしれない者を永遠に失うことになる。」


「でも…私は魔族だ…、魔王に命をかけて仕えなきゃいけないわけで…♡」


「なにか魔王に恩でもあるのか?」


そう聞くと、蕩けていた顔がだんだん元に戻り、続けた。

「恩はおろか、私はこの辺の生まれだから会った事すらないけど……魔族は本能的に魔王に仕えるようになってて…」


「それでも、君という戦力がほしいんだっ…!」


「…無理やり仲間にさせたりしないんだね?」


「君に倒されそうだったから魅了で対抗したが、君が大人しくなってくれたからな。こちらも温厚に話し合いで何とかしようと思った。」


「そっか、…やさしいんだねっ。いいよ、そこまで言うなら仲間になったげる。でも、私の前で魔族を殺したりしないでね。できる?」


「わかったよ。その代わり、魅了魔法を教えてくれないか?それでなら殺さずに無力化できるはずだ」


「いいよ、荒削りだけど君、素質はあるしっ♡」


サキュバスのエルが仲間になった。

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ツ。最高に頭の悪い冒険 猫山鈴助 @nkym5656szsk

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