第16話「伝説の空に、光はまだ在るか」
高原の夜明けは静かだった。
霧の流れる大地に、一筋の光が差し込む。
エイラは石碑の前に立ち、ひとつ息をついた。
胸の奥に残るのは、昨夜見た幻と、ライアスの言葉――
「空の巫女が交わりの地に現れる。そんな昔話があったんだ」
そして、彼が別れ際に口にした最後の一言。
「空をもう一度結びたいなら……“上”に行け。
本当の答えは、
ルミナ=ネフェイル――空の王都。
それは、エイラが幼い頃から歌で聞かされていた“伝説の都”。
星の光を受けて築かれ、アヴィアンの王家と最古の巫女たちが住まうという。
けれど、それはあくまで“詩”の中の話だと、ずっと思っていた。
「……本当に、あるの?」
空を見上げる。
雲は深く、陽の光さえ滲んでいたが――
エイラの胸に灯るものは、確かだった。
「行こう。たとえ夢の先だとしても……確かめたい」
背中の翼を広げ、風を感じる。
その瞬間、ペンダントの星がふわりと光った。
(行くべき道は、もう決まってる)
そして彼女は、空へ舞い上がった。
高原の大地が小さくなる。霧が後ろに流れていく。
その空のずっと先。
かつて空の民が集い、星と語らったとされる“天空の中枢”――
エイラは、そこへ向かっていた。
雲の上、幻視の門
空の層が変わるごとに、風の色が違って見えた。
ある地点を超えた瞬間、霧は急に澄み、淡い蒼の光に包まれる。
(ここは……)
不意に、エイラの視界の端に、いくつもの光の道が現れた。
細い筋のような風の軌跡が、天空の一点に集まっている。
その中心には、白い浮島のような“門”が浮かんでいた。
「……これが、王都の入口?」
ペンダントがふるりと震え、淡い音を鳴らす。
やはり――道は、ここに続いていたのだ。
近づくと、門には古いアヴィアン文字が刻まれていた。
【ここに至りし者は、翼の由縁を問われる】
【誇りでも、血でもなく、空にかけた誓いを持つ者のみ、通るを許される】
エイラはひとつ、深く息を吸った。
そして、言葉にする。
「私は、空の巫女。
でもそれは“選ばれた”からじゃない。
世界を、もう一度繋ぎたいから……ここへ来た」
すると、白い門が柔らかく光り、風が渦を巻く。
道が開かれた。
初めて見る“空の王都”
霧の向こうに、それはあった。
雲の上に築かれた、大理石の都市。
塔が星に届くかのように高く、街路は浮遊する羽のように交差していた。
中央には、光を集める巨大な
「……あれが……ルミナ=ネフェイル」
エイラは言葉を失った。
この光景が、詩ではなく現実であることが、信じられなかった。
だがその光景の中に、人の気配はなかった。
整然とした街路。花咲く中庭。煌びやかなアーチ。
どこにも、誰の姿も見えない。
(……どうして?)
まるで時間が止まったかのように、静まり返っている。
エイラは恐る恐る、都市の外縁へと降り立った。
と、そのとき――
「誰だ、お前は」
背後から、冷たい声がした。
振り返ると、そこには白銀の鎧を纏った一人のアヴィアン兵が立っていた。
彼は槍を構えたまま、警戒心を隠そうともしない。
「ここは、選ばれし者の地。
なぜ、巫女の紋章も持たぬ者が立ち入る?」
(紋章? でも私は……)
エイラは、とっさにペンダントを握った。
星の光がわずかに脈動する。
兵士は目を見開いた。
「その光……まさか、お前は……」
エイラは静かに言った。
「私は、空の巫女。エイラ。
世界をもう一度繋ぐために、ここに来たの」
その言葉が、風を変えた。
都市の奥で、何かが動き始める。
王都はまだ、生きていた。
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