いつもと同じ結末に

白夏緑自

第1話

「あこがれていても結局こんなものかってなるじゃん」

 車を走らせながら、ふとそんな話題を助手席に座る景へ投げかける。


「例えば、なによ?」

「君以外の全て」

「あはは、嬉しい~。で、本当は?」

「冗談じゃないんだけど……」

 今のは本気なのだが、確かに冗談ぽく聞こえてしまうかもしれない。景は俺のこの手のセリフを真に受けたりしない。しかし、毎回本気にされてしまうこちらとしても覚悟が必要になってしまうので、これぐらいがちょうど良いのかもしれない。


「例えば、俺だとお酒と煙草」

「その心は?」

「ガキの頃はかっこよくて憧れてたけど、いざ合法的に嗜めるようになると無くてもいいって言うか。ああ、こんなもんか、と」

「たしかに、あなたは吸わないし飲まないもんね」

「あこがれてたものじゃないんだよね。お酒を呑んで楽しくなる感覚もわからないし、煙草はただ嫌な臭いがするだけで」

「単にアナタがアルコールに強いだけじゃない」

「そうなのかも。あと、会社」

「会社?」


「就活の時は今の会社の事業や先輩に憧れて入ったけど。3年もいるとそうでもなくなってきた」

「それはあなたが内部を見てきたからでしょ。誰だってそうなるよ」

「そう、そうなんだけどさ。あとは車とか」


「この車もずっとほしいって言ってたよね。高かったでしょ? この高給取り」

「やめろよ。他に趣味がないだけ」

「昔から車好きだし。お金貯めてこの車買うんだ、って。もっと私との旅行とかに使って欲しかったけど」

「ごめん。学生の時は心に余裕が無くて」

「はいはい。で、車がなんだって?」

「車もさ、いざ納車して乗ってみるけど50キロ走らせたぐらいで飽きちゃって。ああ、しょせんはアクセルとブレーキとハンドルが全てだなって。社用車運転してるのとそう変わらないなって思っちゃって」

「だったら、この車売りなよ。こんな車って維持費も高いんでしょ?」

「うん、来週査定してもらう。これは最後のドライブかな」

「最後が私でよかったの?」

「学生時代、いっぱい我慢させちゃったしね」


 それから他愛のない話をして、適当に彼女の買い物に付き合う。

 昔ほど一緒にはいないけれど、今でもダラダラと予定を合わせては一緒に出掛けてくる関係性がありがたい。

 学生時代には出来なかった食事や金の使い方をして、学生の時よりも遅くなり過ぎないうちに送り届ける。


「あのさ」

 車を降りた景がドアを掴んだまま問うてくる。

「私とはなんで付き合ったの? あこがれてたから?」

「──」

 上手く答えられなかった。その通りだったからだ。頷き一つで事足りる回答に、僕は躊躇ってしまった。


「別れたのは、あこがれが無くなったからだよね?」 

 僕があこがれから醒めやすいことを景は知っている。昔からそうだったし、今日もその話をしたばかりだ。あんな話題を出したことを今になって後悔する。

 

 そんなことないよ、と嘯こうとする僕を彼女は許さない。

 ちゃんと知っているから、と力強い瞳が僕の首元を締め上げる。


 言葉なんて必要ない。「じゃあね」。景がマンションへと入っていき、僕は黙ってその後姿を見送る。

 明確に付き合っている認識は僕にも彼女にも横たわっていないけれど、長く一緒に過ごしてきた過去と現在が僕たちから対話の機会を奪っていく。


 昔、彼女と付き合ったのは彼女にあこがれていたからだ。別れたのも、彼女へのあこがれが醒めたから。

 手に入れてしまうと、飽き性の僕は手放すことに躊躇いが無くなる。重たければ重いほど、早く手放してしまう。


 でも、今は僕のものじゃないから。

 またこうして、あこがれを募らせながら手放したあとの恐怖で自分を押し付けて。

 情けない日々を過ごしている。


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いつもと同じ結末に 白夏緑自 @kinpatu-osi

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