いつかどこかの幕間

 もうとっくにスクールバスの終バスもない時間、学校から少し離れたバス停で待つ人は他にない。少し遅れた下校時に驟雨しゅううに降られ、逃げるようにして転がり込んだ屋根つきのバス停。四十内あいうちさんと、二人きりだ。


 人も車もそうそう通らない道で、仄暗い。厚い雲の奥から差す星影と月が照らすばかりだ。耳に届くのはチャンネルが合わないラジオのノイズのような音。頭上から降るトタンの、軽快なリズム。今、この世界で雨だけが鳴っている。他の音は夜の暗さが吸い込んでしまったらしい。


 歩けば十分と少しくらいで家に着く。


 濡れ鼠になる覚悟で駆けだせば、この時間はすぐ終わる。そんな希薄な時間。


 屋根の縁から雨垂れが膨らんでは、ぽつりぽつりと落ちていく。その穏やかな秒針すら引き留めたくなるような、ゆるやかな静寂が流れている。


 曇りが好きだった。


 照りつける太陽もなく、この身を濡らす雨もない。それこそ平凡と言って差し支えない。物語の始まりには適さないけど、終わることもない中弛み。とても居心地がよかった。


 夕方が好きだった。


 昼の喧騒は消え入り、夜の静けさが忍び寄る。昔は夕陽を見ると帰る時間という感が強く、一日の終わりの足音に震えていた。その幕引きを楽しめるようになったのは、きっとのせい。


 チラリと相方を見る。バス停に来るまで雨を受けた淑やかな濡れ髪は、少し乾いて平生へいぜいの潤み色に。いつものような『緩利ゆるりさん!』という議会は開かれる気配もない。彼女も、今はただこの優しい雨を享受している。


 こちらの気も知らない素知らぬ顔を眺めるたび、胸の奥のほうが燻る。炎というほど眩しくない、雲の裏にあるやわらかな月光の心。まだしばらく、晴れ晴れした心地にはなれそうにない。


 思えばいつも彼女には振り回されていた。そしてきっと、これから先も。つっぱね難い困難に嫌気半分、遠くへ視線を投げる。黒炯炯こくとうとうの先に、街灯が煌めいて見えた。


 きっと彼女のことだ。折りたたみ傘も持ち合わせているだろう。


 けど、そんなこと、まだ言わなくていい。


 あと少し雨音の降り注ぐだけの時間に、浸っていたい。


 今日くらいはわたしが締めくくろう。


 今回の議決『止まない雨を願う夜があってもいい』

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百舌感情 一畳一間 @itijo_kazuma

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