9.身から出た錆

 佐藤和美は病院に搬送された。医師によると命に別状はないが、口の裂傷は残るだろうとの診断だった。佐藤はこれから赤穂と同じ顔の傷を抱えて生きていくのだ。

 整形手術さえ受けられれば顔の傷は消えるだろう。しかし費用を捻出できるまでの期間は長く、また外見上の傷が消えたとて、心に負った傷は残り続ける。それは彼女に課された罰と言えた。

 警察の聴取を終えた司と紅は相談室に戻り、忌村に事の経緯を報告した。

「すみません、俺達がいながら……」

「いや、司のせいじゃない。口裂け女といやあ道端で出会す怪奇事象だからな、家の中に現れて襲うのは僕も想定外だった。実際に前の二件も襲われたのは外だった。だから司も紅ちゃんも、八田ちゃん達警察にも落ち度はない。僕の見込みが甘かっただけだ」

 気を遣っているのか、他者を煙に巻く胡乱な言動が多い忌村にしては珍しく、かける言葉を慎重に選んでいた。司は項垂れた。

「赤穂さんが成仏する前、少しだけ会話をしました。怨みによりこの世に留まり口裂け女になってしまったとはいえ、話は通じたんです。間に合えば説得できたかもしれない。そうすれば、彼女を加害者のまま成仏させなかったのに……」

「司は真面目だねえ。そもそも、佐藤和美にとっちゃ身から出た錆だろうよ。お前が気に病む必要はないよ」

 確かに、今回の発端は佐藤ら三人にある。それでも、もう少し早く対処できていれば。後悔の念は拭えない。彼女が死を選ぶ前――いや、いじめがあった時点で、誰かが気づいて手を差し伸べられていたら。今回の事態は全て防げたかもしれないというのに。

 暗い表情で考え込む司を見かねたのか、回転椅子の背もたれに寄りかかった忌村は話題を変えようと、軽い調子の声を紅に向けて投げかけた。

「紅ちゃんどうした? 帰ってきてからずっと機嫌悪いじゃねえか。司に何かされたか?」

「何で俺のせいにしたがるんですか」

 反射的に抗議するも、不安が膨れ上がる。忌村の言う通り、警察署の帰りから紅は唇を引き結んで押し黙ったまま。彼女の気に障ることを無自覚のうちにしでかしてしまっただろうか。

「紅ちゃん、どうかしたの?」

 恐る恐る訊ねてみると、紅はぽつりと呟いた。

「……司。あの時、赤穂紗希のこと口説いていたでしょ」

「え!?」

「ほーう?」

 紅の口から飛び出した爆弾発言。興味津々といった様子で忌村が身を乗り出してくる。

 紅は目を細め、じっとりと睨んでくる。

「あの人のこと、綺麗だって言ってた」

「誤解だよ紅ちゃん、そういうつもりじゃ……赤穂さんが自分の罪を悔いていたから、気に病まないでほしいって思って。本当にそれだけだから!」

「成程、顔の傷が原因で失恋した彼女が一番欲する言葉を投げかけたワケか。無害そうに見えて女誑しだねえ」

「やめてくださいよ」

 紅には嫉妬され、忌村には揶揄われてしまったけれど。赤穂が生前から抱えていた心の傷を少しでも癒せたのなら、自身の判断は間違いではないと思えた。

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百々路鬼市役所 怪奇事象相談室 佐倉みづき @skr_mzk

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