3.被害者達
美弦から被害者達のデータを共有してもらった司と紅は事情を聞き取るべく、まず一人目の被害者である
平田の住居は築年数が浅いのか、外観がまだ白い小綺麗なマンション。部屋番号を入力し、一階共用玄関のインターホンを鳴らす。
『……はい』
「怪奇事象調査室の錫矢と加賀地です。平田美里さんですね。先日の口裂け女によると思われる傷害事件について、お話を伺いに参りました」
『怪奇事象相談室ってバケモノを退治するとこでしょ。だったら早くあの口裂け女をなんとかしてよ! ホントに怖かったんだから!』
音が割れるほどの大声で喚き散らされる。司が彼女をどう宥めようかと思考を巡らせていると、紅が静かに割り込んできた。
「そのために事情を聞いている。これ以上傷を増やされたくなかったら大人しく答えて」
モニター越しの紅の気迫に平田が怯み、息を呑む音が聞こえた。司はその隙を逃さなかった。インターホンの向こうの平田に訴えかける。
「警察の方にも事情を聞かれたかとは思いますが、我々は別視点から調査させていただきます。当時の状況を詳しく伺ってもよろしいですか」
ややあって、オートロックの玄関が開いた。平田が自宅から操作して開けたのだろう。本能が紅に逆らってはいけないと察したようだ。
三階の平田の家を訊ねると、左頬に真新しい白いガーゼを貼りつけた若い女性が眉を顰め、唇を尖らせた不機嫌な顔で待っていた。彼女が平田だろう。司は先ほどの件を詫びつつ、身分を証明するため平田に名刺を差し出した。
司達二人を家に上げた平田は渋々口を開いた。
「飲みの帰り……家の近くの街灯の下に変な女がいたの。真っ赤なコートを着て、赤い帽子を被ってて。ヤバい奴かもしれないからなるべく目を合わさないようにすれ違ったんだけど、そしたら向こうが急に私の顔を切りつけてきて……振り向いたらそいつ、耳元まで裂けた口で笑ってて、『これであなたも綺麗』って……私、怖くなって家まで逃げたの」
恐怖がぶり返してきたのか、平田は両腕を抱きしめる。彼女が語る証言は忌村や美弦から聞いたものと変わりない。
「それは災難でしたね……」
「襲われるような心当たりは?」
紅の問いに、平田の肩がぴくりと動いた。
「私は被害者なのに、何でそんなこと聞かれなきゃいけないの? 犯人は口裂け女か、じゃなきゃ頭のおかしな奴でしょ! 市民が被害に遭ってるんだから、早くどうにかしてよ!」
平田は顔を赤くして捲し立てる。何か疾しいことがあり、それを必死に隠している様子だった。
だが、司達はあくまで役所の人間であり、警察官ではない。隠し事を追及するのは警察の役目だ。無理に暴き立てることはせず、大人しく引き下がることにした。
続けて二人目の被害者を訪ねる。大学生の
小山田の反応は平田と同じだった。襲われた当時の状況も平田と大差なく、また襲われる心当たりを問われると痛いところを突かれたかのように憤慨し、何も知らないと突っぱねた。
「紅ちゃん、どう思う?」
小山田の家を追い返された帰り、司は紅に問いかける。
「あの人達、襲われた心当たりどころか犯人も知ってそう」
「うん、俺もそう思った。怯えてたのは勿論、何か後ろめたいところがあるみたいだった。警察の推測通り、犯人は顔見知り――いじめられてた生徒だったのかもしれない」
「でも、あの二人がいじめてたクラスメイトの報復に怯える性格には見えないけれど」
「うーん……その辺りは何とも言えないなあ。案外反省しているか、或いはもっと別の理由があるのかもしれない。八田さんから連絡があるまでこの件は一旦保留にしよう」
二人はその足で小山田と平田が襲われた現場にも足を運んでみたが、何の変哲もない路地だった。どちらも大通りから外れ、街灯の数も人通りも少ない。口裂け女に限らず、不審者にとっては犯行を行いやすい立地と言えた。
二人は相談室に戻り忌村に報告すると、美弦からの情報共有を待つことにした。
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