1.琥珀色の思い出
「よお司、いつもご苦労さん。これは僕からの差し入れだ」
忌村に掌を握られ、何かを載せられる。これでは差し入れというよりも賄賂の渡し方だ。
司は恐る恐る掌を開いてみる。そこにあったのは透明の小袋に収まった、琥珀色の飴玉。
「もしかしてこれ、べっこう飴ですか?」
「そ。懐かしいだろ。ガキの頃に食わなかった?」
「食べましたよ。それに、小学生の頃、自分達でべっこう飴を作ったこともあります。理科室で、アルコールランプの上に金網とアルミのカップを載せて、砂糖を熱で溶かした後に固めて食べました。ただの砂糖の味なんですけど、自分達で作ったからより美味しく感じたなぁ」
「そうかい。いい思い出だねえ」
懐かしい思い出に耽りながら、飴を口に放り込む。既にデスクについていた後輩職員の
忌村は賄賂を受け取った二人を見やり、したり顔で口を開いた。
「そんなべっこう飴だが、口裂け女の好物って話は知ってるか?」
司は口の中で転がしていた飴を噛み砕いた。忌村はこの話をするために、わざわざべっこう飴を買ってきて司と紅に振る舞ったのだ。やはり純然たる差し入れなどではなく、賄賂だった。
「知ってますよ。有名な話ですから」
司は苦い顔で頷いた。
口裂け女。日本でメジャーな都市伝説の一つだ。マスクで口元を隠した女から「私、綺麗?」と訊ねられる。肯定すると女は「これでも?」と言いながらマスクを外し、耳元まで裂けた口を見せつけてくる。泡を食って逃げ出すと女はかなりの速度で追いかけてきて、追いつかれると口を裂かれて殺されてしまう。かといって否定しても殺害されるという、なかなか理不尽な怪奇事象である。
そんな口裂け女だが、問いかけに「普通」と答えるとポカンとしたままフリーズするのでその隙に逃げるだとか、忌村が言う通りべっこう飴が好物で、与えると夢中になってしゃぶり始めるためにその間に逃げるといいだとか、有名が故に逃れる方法も多数語られている。また「ポマード」という言葉が弱点だとも言われている。
「近頃、すれ違いざまに女に頬を切りつけられる事件が起きててな」
自らもべっこう飴を口に放り込んだ忌村が言う。司は首を傾げた。
「それだけなら口裂け女というよりも、通り魔の可能性が高いのでは? 頼るべきは俺達より警察ですよ」
「警察も目下、通り魔事件として捜査してるとこだ。ただ……被害者が犯人と目される女を目撃してるんだが、女の口は口裂け女よろしく耳まで裂けていたそうだ。そんでその女は妙なことを言っていたらしくてねえ。念のため、ウチにも話が回されてきたってワケ」
「妙なこと?」
おうむ返しに問うと、忌村は勿体ぶるように間を空けてからその文言を口にした。
「そ。『これで、あなたも綺麗』――だとさ」
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