10.報い
「クソッ、誰も来ねえじゃねーか」
苛立ち紛れに地面を蹴りつける。あんな脅迫状めいたものさえ届かなければ、こんな人気のない不気味なところになど来なかったというのに。
パチンコから帰ると、アパートの郵便受けに葛丘宛の手紙が届いていた。何の疑いも持たずにそれを開封してみると、パソコンに打ち込んだものを印刷したであろうこんな文章が書かれていた。
『私はお前の罪を知っている。警察にバラされたくなければ、お化け住宅地の死体遺棄現場に来い』
心臓を鷲掴みにされた心地になった。相手は、葛丘が娘との間にできた赤ん坊をお化け住宅地に遺棄したことを知っている。この脅迫者はいったい何者だ? どこまで把握されている?
葛丘は怯えながら家を出て、指定された通りに遺棄現場へとやってきた。最悪、脅迫者をどうにかするつもりで獲物を隠し持ちながら待ち構えていたのだが、待てど暮らせど相手は現れない。
「チッ……帰るか」
とうとう痺れを切らした葛丘は約束を放り出すことに決めた。人を脅して呼びつけておきながら遅れる方が悪いのだ。
咥えていた煙草をコンクリートの地面に吐き捨て、靴底で擦りつけて火を消す。ポケットに手を突っ込んで歩き出したところ、くい、と袖を引かれた。構わず歩き続けようとするが、強い力でなおも後ろに引かれる。
「何だよ……」
舌打ちをして葛丘は振り返った。振り返ってしまった。彼の視界に、世にも悍ましいモノが視界に飛び込んできた。
足元に、腐った赤ん坊が。それが、葛丘の袖を掴んで離さない。ぐずぐずに崩れた肉は耐え難い悪臭を放ち、穴という穴から蛆が湧き出して蠢いている。それは喃語とも呻き声ともつかぬ地鳴りのような唸り声を上げて、目玉を失った眼窩で見上げてくる。まるで、葛丘に何かを訴えかけるように。
「う、うわあぁあああ!!」
葛丘は喉の奥から悲鳴を轟かせた。あいつだ。あのガキだ。ニュースによると、遺体はかなり腐敗が進んでいたようだ。自分を捨てた葛丘を今度こそ離すまい逃すまいと、袖を掴んでいるのか。嫌だ、来るな。俺は悪くない。
「来るなッ、離せえッ!」
「葛丘冨男だな」
赤ん坊を引き剥がそうと躍起になる葛丘を、凛とした声が呼んだ。汗と涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると、背の高い美女と数人の屈強な男達が葛丘を冷ややかに見下ろしていた。
女が一歩前に出て、懐から取り出した何かを翳す。表紙に金の桜の紋様があしらわれた革製の黒い手帳。葛丘は一度目にしたことがある。あれは警察手帳だ。
女は葛丘に告げた。
「死体遺棄の容疑で逮捕する」
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