8.父親失格

 美弦から連絡があったのは、百々路鬼署を訪ねてから五日後のことだった。

『ここ一年ほどの間に起きた暴行事件を全部洗ったが、照合した結果該当者はいなかった。更に遡って虱潰しに調べてみたところ、何年も前に性的暴行で捕まった記録のある男――今は出所して妻帯しているんだが――その男と遺棄された子供のDNAと一致した』

「そいつが父親って訳ですか。じゃあ、母親は結婚相手?」

『いや……妻は一度離婚していて連れ子がいる。高校生の娘が。もしかすると――』

 美弦は言葉を濁したが、言わんとすることは伝わった。性犯罪は再犯率が高い。出所後も男の性根は変わらず、再婚相手の娘が毒牙にかかってしまったとしたら……。

 司の胃の腑がずしりと重たくなった。通話はオフィスの固定電話でスピーカーモードにしてあるため、忌村や紅にも美弦の話は聞こえている。わかり易く眉を顰める紅と比べ、腕を組んでポーカーフェイスを貫く忌村の表情は読めなかった。

『その娘だが、ある時から急に学校に来なくなったらしい。不登校になった時期は、例の赤ん坊が産まれた時期から逆算した妊娠期間と一致している。そして、休む前は具合が悪そうだったとクラスメイトからの証言も得ている』

「血の繋がらない父親に妊娠させられて、それを隠すために学校を休んでいたんですね。どうしてもお腹の膨らみが目立ってしまうから。そしてひっそりと子供を産んだ……親も、特に父親は一度性犯罪で捕まった身だから、血の繋がりはないとはいえ戸籍上の娘を妊娠させてしまった事実を発覚させたくなかったでしょうね」

 娘は学校にも行けず病院にもかかれず、人知れず出産。その存在と父親の罪を隠すためだけに子供は殺められ、空き家に遺棄された。

 一番の被害者は子供だが、憐れなのは母親である高校生の娘も同様だ。手遅れになる前に、誰かが気づいていれば。いつだって手遅れになってからしか動けない行政のあり方に歯痒さを覚えた。

『こっから更に裏づけを行なって、近いうちにそいつの逮捕状を取る。後はこっちに任せておけ』

「はい、ありがとうございました」

 美弦との通話を終えたタイミングを見計らい、忌村が声をかけてきた。

「親、見つかったみたいだねえ」

「はい……」

 浮かない顔で頷く司に、忌村は冗談とも本気ともつかない真顔で提案してくる。

「どうする? その父親を僕らで懲らしめようか」

 悪魔の囁きだ、と思った。本音を言うならば、忌村の誘いに乗りたかった。だが、日本は司法国家。個人の感情による私刑は許されない。司は静かに首を横に振った。

「いえ……彼は司法で裁かれるべきです。俺達が手を出していい問題じゃない。だけど――殺された子にだけは権利がある。彼をどうするかは、その子の判断に委ねます」

 肩を竦めた忌村は、ニヤリと不敵に笑った。

「それならいい案がある。まあちょっと聞いてくれや」

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