5.理由

 老婆から死体が見つかった家の場所を教えてもらった司と紅は、調査のついでに足を運んでみることにした。

 事件現場となったのは、辺りの空き家と同じ様相の古びた家だった。荒れ果てた敷地に黄色いテープが張られ、家の前に花やお菓子が供えられている以外は他の空き家と変わりない。供えられる物は何も持ち合わせていなかったため、赤子の冥福を祈りながら静かに手を合わせた。

「さて、行こうか」

 歩き出した司だったが、歩みを引き留めるようにくい、と袖を引かれた。紅だろうか、と何気なく考えて、すぐにそれを打ち消した。紅は長い黒髪を揺らしながら司の前を歩いている。では、誰だ? 疑問が生じたと同時に、袖を掴んだ何者かに、勢いよく後ろに引っ張られた。たたらを踏んだ司はバランスを崩す。

「紅ちゃん――!」

 咄嗟に叫ぶ。紅が振り向きざまに鞘を払い、抜刀する姿が見えた。後ろに倒れ込む司の髪の毛を擦り、横薙ぎに一閃。銀色の軌跡を頭上で見届けた司は重力に逆らえず、地面に尻餅をついた。

「いってえ!」

 臀部をしたたかに打ちつけた司は呻いた。

「……手応えがなかった。避けられた」

 呟き、紅は刀を鞘に収める。

 司が袖を引かれた際、紅はすぐに反応していた。だが彼女が振るった退魔の太刀は虚しく空を斬っただけだったようだ。

 司は尻を摩りながら立ち上がる。

「紅ちゃん。袖もぎ様はどんな奴だった?」

「司の影で見えなかった」

「見えなかった……? まさか、しゃがんだ訳じゃないよな」

 司がよろけてから紅が刀を抜くまで、ほんの一瞬の出来事だった。抜きん出た反射神経を持たない限り、即座にしゃがんで避けることは不可能だ。

「或いは――子供?」

 紅から姿が見えなかったとなると、司の腰の高さよりも低い、幼い子供になる。そこまで考えが及んだ時、つい先ほど老婆が語った話が思い出された。

『つい最近ね、この辺の空き家で赤ん坊の死体が見つかったのさ』

『ここいらは空き家ばかりで、しばらく誰も気づかなかったんだ』

 忌村に見せてもらった調査資料によると、袖を引かれて転倒したのは皆大人だ。司は逸る気持ちを抑えながら紅に訊ねる。

「紅ちゃん。子供が大人の袖を引くなら、どんな理由が考えられる?」

「それは――」紅は少し思案してから口を開く。「大人に見てほしい時……?」

「俺もそう思う。袖もぎ様の正体は、さっきのお婆さんが言ってた子なんじゃないかな」

 司の推測に、紅が僅かに瞠目する。

「亡くなっていたのは赤ん坊だ。言葉もまともに話せないから、ジェスチャーで気を引こうとした。袖もぎ様は誰にも気づかれずに朽ち果てた自分を見つけてもらうために、家の前を通りかかる大人の袖を引いて居場所を知らせようとした……」

 司は自身の手元に視線を落とす。先ほど引かれた袖は、肘の辺りから破り取られていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る