元社畜の限界おじさん、スキル『予約』で即死フラグを予約キャンセルする

スイセイムシ

元社畜の限界おじさん、スキル『予約』で即死フラグを予約キャンセルする


「うりゃ」


「ボーオオオオぉぉぉん!!」


スケルトンを魔力を込めて剣で斬りつけると頭蓋骨が飛んでいってバラバラになった。


「100匹目のスケルトン討伐完了。 ……流石に最弱モンスターでもこれだけ倒すと一苦労だな。こいつ倒してもう四ヶ月か」


スケルトンから出たオーラの塊──経験値が流れ込んでくると目の前にステータスウインドウが出現した。


「うわ!? いきなり何だ……? いつもは呼び出さないと出てこないのに……。 あ!! レベルが上がってる!!」


レベルが0から1に上がっている!!

これでやっと俺もスキルがレベルアップ特典で使えるようになる!!

脱サラしてダンジョン探索者になって半年近くしてやっとだ。

モンスターとの戦闘での医療費などで貯金も底をつきかけていたので助かった。

もう少し遅ければ名古屋から地元にUターンするところだった。

そうなれば会社を辞めてダンジョン探索者になったことを知った親父に張り倒されたことは想像に難くない。

心身を酷使してブラックで社畜をしていた事情を話したところで「俺は会社のために24時間働いた!!」と豪語するエリート社畜の親父──お袋に企業戦士と言われている親父には理解できないし、社会的に見ればダンジョン探索者も真っ当な職業と思われてないからな。

鬱になっていたことも上司と同じように根性がないせいだと言ってきそうだし。

想像しただけでやっと寛解したのがまたぶり返しそうだ。


「どれどれスキルは……。 スキルは……まだ光ってて見えないな」


やっと手に入れたスキルを勢い勇んで確認するがまだ光に包まれていて確認できない。

スキルに当たりハズレがあるが、ハズレでも大幅に探索効率は上がると専らの噂だ。

できれば大当たりとされる職業の名を冠するスキル──1つでその職業に関する複数のスキルが統合されているスキルがいいがハズレでも大歓迎だ。

何が出るやらとワクワクして見ていると光が晴れてきた。


「スキル『予約』……」


表示されているスキルを見て凍りついた。

予約……。

予約ていうのはあれか。

ゲーム買う時とか、飯屋の順番待ちとかでよく使うあらかじめ決めた時間に行くとサービスが受けられるようにするあれ……。

そんなもの今時ネットでワンタッチでできる。

わざわざスキルであったところで意味がない。

いや、ハズレでも劇的に変わると言われるくらいだし、名前だけで判断するのは早いか。

使い方がよくわからないが予約を念じるだけでできるって感じか。

試しに『次のダンジョンの予約を』と念じると視界に瞬時に戦闘、生活、作成、移動、オリジナル、行事やら色々なコマンドが出現した。

なんだこれと思っているとその中の『生活』が選ばれて、さらに洗濯、掃除などあるコマンドの中で『ダンジョン予約』が選ばれて実行コマンドが選択された。


「うん? ちょっと疲れたような気がする。即時に予約するようにイメージしたけど、時間になると俺の体が全自動で動くタイプの予約ではないんだな」


おそらく俺に・・行動が予約されるわけじゃなくて行動した結果が予約されるという感じだろうか。

確認するために地上にあるロビーに行って予約の様子見てくるか。


「予約ですか? 明後日の13:00から入ってますね」


受付嬢に聞くとやはり行動伴なっていないのに結果だけが実行されていた。

『予約』はやはり結果が予約されて実行されるもののようだ。

実行した直後に少し疲れたことを考えると実行には体力が代償として使われるてところか。

実質タダのなんでも代行サービスを使えると思うとなかなか便利なものか。

タイパ重視の現代人には眉唾ものだな。


「付かぬことを伺ってすいません。ありがとうございます」


とりあえず今日は草臥れたし、家に帰って一休みしてからスキルの検証はするか。

十分ほど歩いて家に戻って手癖でテレビをつけるとダンジョンでスキル『隠れ身』を使って襲撃が行われたというニュースが流れている。


「そういえば二年前に連続殺人が行われたな。その頃からダンジョンに素通りで入れなくなったけか」


二年前は予約の手間が要らなかったことを思うと羨ましい。

地味に毎回予約するのめんどくさいからな。

まあ予約が登場した以降は、迷惑行為が激減したらしいので悪いことだけではないのだが。


「少ないとはいえ他のダンジョンで起こっているし、気をつけないとな。風呂入るか」


風呂に入ってさっぱりして腹ごしらえもしたし、スキルの検証の続きをするか。

さっきコマンドで気になった戦闘を確認しよう。

戦闘コマンドを選択すると殴る、蹴る、斬るなどのシンプルなコマンドが出てきた。


「魔法とかはないな。俺ができる範囲のことしか予約できないのか」


試しにダンジョンで最も使う頻度の高い斬るを使ってみるか。


「確か古いのがまだ置いたままだったよな。対象にはそれ使うか」


対象をフライパンにすると念じると膨大な対象項目からフライパンが選択される。

視界いっぱいにコマンドが広がったな。

あれだけ膨大だと今まで認識したものは全部選択できる感じか。

選べるってことは遠くにあるものも攻撃できるってことでいいだろうか。

家から遠隔でモンスターを倒すのもいけるのかもしれない。

まあ倒せても経験値が俺に入る保証がないのと倒したモンスターの素材を間違いなく持ってかれるので旨みは少ないので流石に使うことはなさそうだが。

使うとしてもダンジョン内か。

明日ダンジョン内でモンスターで再度実証してみよう。


目の前のフライパンを対象にすると方向のコマンドが広がり、上、下、右、左、右斜めなど方向の書かれたコマンドが広がってその中から正面が選択されるとタイミングのコマンドが選択され始めた。

かなり細かく設定できるな。

ダンジョンの予約の時はかなりシンプルだった割に戦闘はかなり凝っているところを見ると日常でよく使うもしくは心理的に重要度の高いものについては自由度が増すと言うことだろうか。

タイミングのコマンドを開くと今、接敵時(次回)、任意とあり、任意のコマンドが気になったので選択すると疲労感と共に視界の右上に小さく「斬撃(正面) 1」と表示された。

ゲームとかの残機の表示に似てるな。

これは任意で──自分が指定したタイミングで斬撃1回使えますってことでいうことでいいよな。


「うお!」


フライパンに向けて斬撃を放つように意識すると強い衝撃が走った。

フライパンは半ばまでひしゃげている。

音が鳴る程度だと思っていたが結構威力が強い。

予約されるのは全力の斬撃か。

する側の時は今一つに感じていたが受ける側になると凄まじく感じるな。


「これは襲撃されたらコロコロやられる筈だ。狙われたらたまらないな」


特に肉体強化のかからない俺でこれなので、不意打ちに威力補正の掛かる『隠れ身』のスキル持ちにやられたら一溜まりのないことは想像に難くない。

半端な装備では易々と貫かれる。


「今回ので最後で、模倣犯がでなけりゃいいんだが」


たらればで危険を考えすぎてもしょうがないか。

ダンジョンでモンスターと戦うことが仕事の冒険者にとって危険など大前提のものだし。

リスクを完全に避けたいのなら冒険者などやるべきではないのだから。

冒険者をやるのなら危険に対して警戒しても臆病になってはダメだろう。


「気を取り直して生活と作成と移動のコマンドを確認していくか」


生活と作成と移動コマンドを確認していく。

戦闘と同じように俺ができることの範囲で各々のコマンドが表示された。

試しに生活コマンドの中の掃除を使うと少しの疲労感とともに部屋が綺麗になった。

俺が掃除した後と仕上がりが同じなのでこれも同じく俺ができるクオリティのようだ。


「他もおんなじような感じか?」


他のオリジナルと行事のコマンドを順に確認していく。


「勝利?」


オリジナルのコマンドを展開していくとただ一つそんなコマンドが出てきた。

動作のコマンドが多かっただけに違和感がある。

概念というか判定というか。


「とりあえずタイミングは『次の戦い(強者)』しかないし、これにするか」


試しに使ってみるとドッと疲れを感じると意識が遠のいっていく。



「寝落ちしたよな。これは」


カーテンの隙間から光が差し込んでいる。

かなりの時間が経っていることは間違いないだろう。

時計を見て、今が朝か昼か確認する。


「10時か。朝なのか昼なのか微妙な時間だな。強いて言うなら昼寄りの朝ってところか」


床で寝てた割にはぐっすり寝れてたいたようで、いつもよりも体が軽い。

適度に疲れて寝た翌朝の感じをさらに良くしたような感じだ。

睡眠時間が十分以上に確保されていたとはいえ、これほどまでのことは未だかつてなかった。

スキルの代償の疲労感がいい感じに働いているような気がする。


「寝落ちしたのは勿体無い気がするが気分はいいし、良しとするか。スキルの検証の続きでもやるか」


──


「やっぱりスキルで寝落ちすると目覚めがいいな」


昨日は残りのスキルのコマンドの確認を済ませて、戦闘で使えるものだけ疲労感で寝落ちするまで予約して一日を終えた。

俺が使えるモンスターに通じる攻撃手段は斬撃のみなので今現在斬撃の予約が91回溜まっている。

とてもじゃないがいつもそんなに剣を振るってはいないので過剰供給と言ってもいいだろう。

このストックがいつまで持つかまだ謎だが、期限がないとすれば優に一週間は持ちそうな気がする。

せっかく貯めたものだし期限の上振れに期待したい。


「全部使うといつまで使えるかわからなくなるから、一撃だけは残しておくのを忘れないようにしないとな」


関節を覆うだけの安物の防具セットを着込んで、持ち物を確認するとダンジョンに向かうことにする。


「行くか」


────


「離席中か。本人にそのまま通っていいって言われたしな」


ダンジョンに着くといつもいる受付嬢が離席しているので、書き置きだけして通ることにする。

ここの受付嬢には居なければ通っていいって言われているしな。

考えるまでもなく本来はだめだろうが俺が訪れるといつも居るので、ワンオペで業務を完璧に回せないとかそんなところが背景にあるんだろう。

身が潰されるような激務の時に完璧に回すように圧をかけると人は壊れるからな。

俺もリスクを負うことになるが、すでに一度壊れてその苦しみを知っている俺が可能性があるとわかっているのに配慮しないというのはできない話だ。

すればもはや人としての全てを失うだろう。

過去に憎いと思った存在と同化させられるほど人間性を損なわれることはない。


「今日はちょっと多そうだな」


いつもだったら入って迎えてくるのは一体ほどのはずだというのに三体ほどのスケルトンが出てきた。

今日はあまり午前中の来訪者が多くなかったようで少し多めになっているようだ。

いつもなら一体だけ攻撃して分断するところだが今日は遠距離攻撃の手段があるので思い切って三体同時に相手にするか。

近距離に持ち込まれる前に一体に削れなかったらいつもと同じやり方に変更しよう。


「とりあえず真ん中の奴から行くか」


歩いてこちらに近づいてくる三体の内の真ん中のスケルトンに対象を選択して予約していた『斬撃』を正面に放つ。


「ボーオオオォォォン!?」


綺麗に入り、頭が飛んで体がバラバラになった。


「一発で……!?」


いつもならなかなかガードが固くてワンパンなど出来ようはずもないのでにわかに信じられない。

だがよくよく考えれば斬撃は目視できない上に発動する前の兆しのようなものない。

確かにこれではガードしようにもガードしようがないかもしれない。


「もう一度同じ条件でやってみるか」


まぐれではないか確認するためにもう一度同じ条件の斬撃を残った左右のスケルトンの内、左のスケルトンに放つ。


「ボォオオオオオン!?」


先ほどと同じようにクリーンヒットしてスケルトンは頭を飛ばすとバラバラになった。


「やっぱりまぐれじゃない。間違いなく有効だ」


間違いなくワンパンでスケルトンを倒せてる。

ここのスケルトンはワンパンできるようになっったので経験値集めが効率的にできそうだ。

一週間もあればレベルを一上げれるかもしれない。

スキルは威力が正義だと思っていたがやはりこう言う常に有効打を狙える利便性が高いのも大事だな。


「あと一体もこのまま行くか」


「ボォおおおおおおん!!」


予約した斬撃を放って残り一体も倒す。

これでひとまず目の前のモンスターは倒せた。

いつもなら3体も倒せば息が上がっているものだが、全く息はあがっていない。

あらかじめ予約した斬撃を放つだけなので攻略中は楽なものだ。

体力も消耗しないのでどんどんと攻略していけそう気がする。

今日は多めだがそれでも二十いかない程度のはずだし、十分余裕はあるはずだ。


「サクサクいけばボスのビックボーンに挑戦してみるのもいいかもしれないな」


ボスに挑もうなどこの前なら夢にも思わなかったが、今は行けるのではないかという気がしてきている。

やはり前までとは世界が違う。

スキルを手に入れて、人の世界を超えた。

その実感を如実に感じる。

今ならできないことはない気がする。

今までで感じたことのない感覚だ。

このまま高揚の任せるままにしたい気持ちがあるが、大きく息を吸って一呼吸入れて感情を落ち着ける。

このまま高揚に任せれば破竹の勢いで経験値を稼げる一方で小さなミスが増える。

小さなミスが死に繋がるここでそれは取れない。

慎重であればあるほどここではいいのだ。

状況的にも常より多いモンスターの他にもニュースで報じられた暗殺者のような予期できないリスクがあるのだから。

慎重に行くべきといってもいいかもしれない。


「慎重に行こう」


自分に言い聞かせるようにそう呟いて、よく周りの物を注視しつつ進むと壁の窪みに丸い影があるのが見えた。

スケルトンが窪みに隠れるようにして佇んでいるようだ。


「調子がいい時に限って、イレギュラーが起きるな」


知能が低いためいつもは隠れたりしないだけに気を引き締めなければ不意打ちを喰らうところだった。

レベルで耐久力は多少上がっているとはいえ、それでも不意にスケルトンの攻撃を受ければ即死もあり得たはずだ。

危ないところだった。

窪みに向けて予約した斬撃を放つ。


「ボオオオオン!!」


断末魔とともに髑髏が転がってくると骨が地面に落ちていく音がする。


「ボオオーン!!」


脅威を排除したことを確認すると突き当たりの左右からスケルトンたちが雪崩れ込んできた。


「一気に五体!?」


今までに遭遇したことない数だ。

こうやって群れを作らないから脅威度が低いとされていると言うのにどうなっているんだ今日は。


「行けるか?」


予約した斬撃をどんどん左から指定して放って突っ込んでくる前に倒しに掛かる。


「ボオオーン!!」


「っ!!」


一体、二体、三体、四体と行くと目前まで五体目が突進してきたので剣で受けとめる。

刃に身を削られていると言うのにそのままゴリ押しで距離を詰めてくるせいで刃が食い込んでしまって硬直してしまっている。

剣が骨に囚われているせいで動けない。

この硬直状態のまま斬撃を飛ばしてスケルトンを仕留める他にない。


「食らえ!」


「ボオオオオン!!」


歯を食いしばって勢いに耐えつつ、斬撃で攻撃すると走った状態でバラバラになって骨片が巻き散らされている。


「床が骨片だらけになっちゃったな」


骨片を集めても何の素材にも加工できず、持って帰っても不燃ゴミになるだけなので基本的にダンジョン内に放置するのが一般的だ。

しばらくするとダンジョンの特性で骨片は消えるのでこのまま放置してもいいがすぐに後から人が来るかもしれないのでささっと足で払って人が歩けるスペースを作っておく。

全部隅に退けた方がいいがちょっとしたことでも死に直結するダンジョンで低レベル帯の俺には流石にそこまでやる余裕はない。


「一階はこれで打ち止めか」


伏兵に注意しながら進むと階段が見えてきた。

いつもの倍以上スケルトンは居たが疲労は少ない。

予約のストックはまだ十分あるし。

二階はスケルトンの数も少ないので倍居たとして苦戦を強いられることもないだろう。

いつもの倍でも四体。

五体同時に相手取った今なら一気に殺到してきても対応は可能なはずだ。

数が多い時はお互いに刺激しあっているせいか、活性化しているが、このまま緊張感を維持すれば大丈夫だろう。

モンスターの過密状態で活性化しているモンスターは活動的になる代わりに動きが単調になりやすいし。

無論、多すぎれば数の利でやられるが自分の許容範囲内であれば戦いやすくなる。

リスク減らして効率的に経験値を貯めれるのならば行く以外の選択肢はないだろう。

一階のように通路型ではなく二階は開けており、奥にある三階の階段までくっきりと見える。

降りた時点で許容範囲の五体以上ならすぐに引き帰せばいいだろう。


「モンスターはいないが……」


二階に降りるとスケルトンは一体もいなかった。

代わりに人が二人倒れていた。

基本的にダンジョンで倒れている場合はモンスターにやられて息絶えている場合が多い。

周りにスケルトンの残骸があるのをみると同士討ちといったところだろうか。

人やモンスターの区別なく死体は放っておけばダンジョンでは消えるのでこのまま放っておいても特に問題はないのだが。

死体を見つけた時はできるだけ受け付けに連絡して欲しいと言うことは言われているし、見て見ぬふりをして攻略を続行できるほど俺も図太くないからな。

死体に触れることを禁じられているので運ぶのはできないが、報告だけはさせてもらおう。


「うう……」


そう思い予約を使って報告を行おうとすると呻き声が聞こえた。


「大丈夫ですか!?」


思わず駆け寄ると呻き声の主は受付嬢だと気づいた。

受付時のスーツではなく、冒険者などが装備するモンスター素材で出来た防具を着ていたために気付くのが遅れた。


「……太郎さん。すいません」


受付嬢はこちらの胸に寄りかかると血溜まりで俺の足が滑った。


「ッ」


思わぬことに面を食らうと頭上で黒いナイフが煌めくのが見えた。

何事かとナイフを凝視すると手首から先のないナイフを握る右手が虚空に浮かんでいるのが見える。

転けなければ頭にナイフが綺麗に刺さっている位置だ。

攻撃された?

二人はモンスターではなく、昨日のニュースでやってた暗殺者にやられて今も潜んでいるというのだとでも言うのだろうか。


「どこだ!?」


暗殺者は右手から先がない人間だ。

周りを確認して主を探すと先ほど奇襲していた主は目の前にいた。

右手から先を消している人間。

受付嬢……。


「……」


人柄がいい人だっただけに何故という気持ちと不意打ち気味に迷いなくこちらを殺そうとしたことに恐怖を覚える。

多少なりとも交流のあった人間を即座に殺めようとすることができる感覚がまるで理解できない。

何を考え、こんな悍ましいことをしているんだこの人は。


「ピークを過ぎてしまいましたね」


「ピーク……?」


「私の中での太郎さんのピークです」


ふっとつぶやかれたよくわからない呟きを鸚鵡返しすると受付嬢から意味のわからない回答が返ってくる。

受付嬢が言っているの俺のピークの意味もわからなければ、なんで俺のピークを殺しの基準にしているのかもわからないし、なぜ俺を殺しの基準に選んだのかもわからない。

ただ人としての大きな歪みを孕んでいる邪悪なものだということ受付嬢の纏う空気感だけが伝わってくる。


「私、好きな人に告白すると嫌われてしまう体質なんです。だから自分の思いに我慢できなくなったら告白して嫌われる前に私が見たいその人の最高の姿で殺してその人の時間を止めることにしてるんです。……今、太郎さんはどんどん最高の状態から離れていってしまっています。早く時間を止めないと」


あまりに得体の知れない悍ましさに蹈鞴を踏むと徐に顔を上げて澱んだ泥を詰め込んだ光のない目でこちらを見つめてきた。

こちらの理解を得ようとしてか、釈明しようとしているのか言葉を重ねて詳細を説明しているが何を言っているのか理解できない。

かろうじて言葉から読み取れることは自分の機嫌一つで人を殺す酷く自分本位な人間だということだけだ。

撃退するほかない。

目の前の人間はやると決めたら必ずやる。


「く、来るな!!」


予約していた斬撃を受付嬢に指定して斬撃を放つ。


「ん、痛いですね。私の好きな太郎さんは女の子に暴力は振いません。太郎さんどんどん私の理想からズレてますよ」


「う、嘘だろ……」


確実に斬撃は体に当たったが装備を貫通さえしなかった。

俺のスキルは攻撃を強化するスキルではないので威力は出ないとはいえ、傷を負わせることもできないとは。

遠距離攻撃手段を持っている相手に逃げるのは現実的じゃ……いやそういえば移動の予約を即時実行すれば疲労感を代償に即時移動できる。

歩いて距離を詰めてきているのでそこまで警戒されてはいないはずだ。

予約を帰宅にするが全く効果が発動する気配がない。


「逃げようって思ってます? 逃亡阻害用の魔導具を使ってるので無駄ですよ」


何事かと思うと受付嬢がこちらの思惑に気づいたのか、そう説明してくる。

察しの良さから相当場数を踏んでいるとしか思えない。

攻撃も通じない上に逃亡することも叶わない。

もはややぶれかぶれになって攻撃するしかない。


「クソ……!!」


斬撃をまとめて三発飛ばすと僅かに後方に下がった。


「不思議なスキルですね。切られていないのに切られてる。いくつも同時に。同格ならば厄介でしたがこれならば大丈夫そうですね」


早く殺さなければという言葉とは裏腹にこちらの反応を楽しんでいるのか、ゆっくりと近づいてくる。

全力の攻撃を三発ぶつけて若干後方に下がる程度では全く意味がない。

威力が圧倒的に足りない。

これでは数を重ねたところでなんら意味はない。

もっと力がなければ……。


「なんなんだ……」


そう渇望すると斬撃の予約にキャンセルが表示された。

キャンセルすると威力が上がるとでも言うのか斬撃を一つ選んでキャンセルを選ぶと体に力がみなぎり始めた。

全力の斬撃に込めた力が帰ってくる。いや斬撃に込めた力分だけ体が強化されている?


こいつに賭けるしかない!

残り全ての斬撃の予約をキャンセルして、強化に回す。


「?」


こちらの変化に気づいたのか、受付嬢はこちらを凝視するかと思うと加速して切り掛かってきた。

早い!

スケルトンなど比にはならないほどの速さ──今までに経験したことのない領域のスピードでこちらに迫ってくる。

間に合わない……。

そう思ったが普通ならば反射で防いでも手遅れになるはずのタイミングのはずだと言うのに刃と刃とぶつかり合った。

間に合った?


「やっぱりステータスが上がってますね。私と同等以上のレベルまで。実力を隠していたんですか?私の太郎さんはそんなことしません。これ以上私のイメージと違うことをしないで下さい」


防げたことを安堵するまもなく押し殺した声と共に凄まじい力がナイフに込められる。

重い。

あまりにも重い。

まるで純粋な力だけでなく執念が載っているのとでも言うのか。

とてもではないが力比べでこれを押し切ることは無理だ。

せめてもう一つ手があればなんとかなるかもしれないが。

予約で手数を増やすと疲労感に襲われるため硬直状態から抜け出すのに失敗した場合、体勢を崩してしまう。


一か八かに賭けたくはないがいつ冷静さを取り戻して、ナイフの転移攻撃をしてくるかわからないことを考えればやる他に道はない。

予約で斬撃を受付嬢のナイフへ向けて即時発動する。


「離れろ!」


疲労感と共に金属がぶつかる甲高い音がするとこちらを馬鹿力で圧していたナイフが力が弱まり鍔迫り合いから抜け出せた。

相手が正面きっての戦闘を生業としていない暗殺者であることを考えればステータス差を埋められた今、戦闘面でそこまでの差はないはずだ。

転移ナイフを使われないようになるべく攻勢に回る必要がある。

硬直せずに数を積ませる形で攻撃を繰り出さなければならない。

間髪を入れずに切り掛かっていく。


ナイフよりも剣の方が物理的に重いおかげか、予約の斬撃を警戒して動きが鈍っているのか押せている。

このままならいける。

体勢が崩れたタイミングで袈裟に剣を振り下ろす。

ナイフは間に合っていないし、崩れた体勢で防ぎきれない。

確実に斬撃が通ると確信するとが斬りつけられて体から血を吹き出す受付嬢の姿を想像してしまった。


「っ」


思わず刃を逸らして腹を剣の腹を頭を叩きつける。

叩きつける確かな感触と受付嬢が頭から血を流し蹈鞴を踏む姿が見えた。

肉体的なダメージは受けたようだが見開かれた目は依然として凝視しており、まだこちらへのこだわりを維持できるほど。

行動不能にできる程度のダメージは入れらなかったようだ。


「私は太郎さんを消さなきゃいけないのにもっと太郎さんを見たい未練が出てしまって感情が抑えきれなくなってしまっていました。冷静に考えればこのまま劣化していく姿を見ていくほど残酷はないって言うのに。血が抜けて冷静になれました。早く最善の状態で保護してあげますね」


そう呟くと手首から先が既に転移していた。


「グフ!」


背から痛みが生じ始めるとナイフの刃が胸から飛び出た。

ちょうど心臓の位置から出てると思ったが即死してないことを考えると心臓は外れてくれたようだ。

状態を確認すると視界の隅に「必勝」発動中と表記が現れているのが見えた。

そういえば試しに使った予約のコマンドに「必勝」と言うコマンドがあった。

あれが今発動しているのか。

今この状況から勝ち──生存に持っていけると言うのか。

痛みはそれほどでもない。

強化で生命力まで強くなっているためか、切られ方が綺麗すぎなのかはわからないが刺された状態でも動けないほどではない。

ナイフを転移させているため受付嬢は丸腰だ。

チャンスなのかもしれない。

もう一度叩きつけることができれば確実に戦闘不能にできるはずだ。

全てを賭してここにかけるべきだろう。


「倒れろ!」


万感の思いを掛けて、剣を振り下ろす。


「ダメです。ここであなたの時間を止めるんです」


「ッ!」


直撃するかと思うと転移したナイフに妨げられる。

タイミングがあまりにも良すぎる。

刺した時に心臓を外した事を感触で察していたようだ。

振り出しか……。


「イタ……」


分の悪い攻めぎあいをすることになると思うと受付嬢の背中から血が吹き出した。

受付嬢の背後を見ると倒れている冒険者がわずかに上体を起こして、手を受付嬢に向けているのが見えた。

瀕死の状態で最後の力を振り絞って魔法を使ってくれたようだ。

刃がかち合っていた拮抗状態から抜け出せた。

もう一度、剣により峰打ちを試みる。


「通れ!」


「させません!」


僅かに反応が遅れたように見えたが防がれた。

だが落ち着いた声から焦りを感じさせる叫びに変わったことからかなり先ほどの援護で追い込んでいることはわかった。

あと少し。

抵抗も強くなるだろうが隙も多くなるはずだ。


「流石に動きに影響が出ますね。太郎さんと接触しそうになった雌豚にまだ息があるなんて思いませんでした」


畳み掛けるタイミングを見計らっているとナイフを持っていない方の手でポケットから薬瓶を取り出した。

回復アイテムだ。

ダンジョンからしか手に入らない希少品として有名な傷を瞬時に治してしまう優れものだ。

使われてしまえばこちらに傾きかけた形勢が逆転してしまう。


「させるか!」


回復アイテム使用の手が少しでも狂うように打ち込む他に手はない。

だが受付嬢もそれは織り込み済みらしくナイフで防いでくる。


「「!?」」


回復アイテムの蓋が開けられ、使用されると思うと突如地面に崩壊した。


「ボオオオオオン!!」


回復アイテムの中身が飛び出しこちらに降りかかると受付嬢の背に巨大なスケルトンの姿が見えた。

ここのダンジョンのボスだ。

ダンジョンボスのスケルトンキングは闖入者二人をまとめて排除するつもりなのか、骨の巨腕を突き出してくる。

モロに喰らうかと思うと背後から近寄る拳を察知したのか、振り向いてスケルトンの拳を迎撃し始めた。


反射でスケルトンの攻撃に反応したようだ。

思わぬ僥倖。

立て続けに幸運が訪れ続けている。

必勝のおかげか。

状況や環境を変える強制力があるスキルだとすれば破格のものだ。

回復薬で傷も塞がり、大きな隙もできている。

今この場で生じたチャンスを逃す手はない。


「キマれ!!」


再び渾身の力を込めて振り下ろすと受付嬢はワンテンポ遅れて振り向いて転移ナイフで防御にかかるがこちらの方がワンテンポ早く刃は交わらない。

真っ直ぐに剣が受付嬢を打ち据える。


「グハッ!」


短い悲鳴を上げて、受付嬢は地面にめり込んだ。

ぴっくりとも動かなくなって、視界の隅にあった必勝も消えた。

どうやらやっと勝ったようだ。


「これで終わったか。スキルと倒れていた人の助けがなければ確実に死んでたな」


倒れていた冒険者は瀕死の重症だったはずだ。

気絶して動かない受付嬢よりも先に時間的に猶予の残されていない冒険者の方を病院に運ぶか。

おそらく魔導具は使い手の魔力を消費しないと使えないため、移動無効は消えている。

予約を使えばそこまで時間はかからないので命を繋ぐことはできるはずだろう。


「……」


ジャンプして穴から上階に戻ると冒険者の元に向かうとやはりというか、目を閉じて意識を失っている。

意識がない相手を運ぶ方が大変だというがいまだに強化が効いているおかげで持ち上げても全く重くない。

予約を即時実行して病院の冒険者救急外来に移動する。


「すいません! 瀕死の状態です!」


「急患! 急いで!」


近くにいたナースに声をかけるとストレッチャーが来たのでその上に冒険者の女性を乗せる。


「あれ! この人配信で有名なヒフミンじゃ!」


「何言ってるの! ささっと仕事をしなさい!」


冒険者の顔に覚えがるという若いナースを叱咤しながらナース達は通路を走って行く。

あの若いナースの様子からするとどうやら恩人の冒険者は一般人に有名なレベルの配信者でもあるようだ。

今でも一大事だが死亡となったら大変なことになるな。

確実に俺にもヘイトが行くことが想像できる。

社会的に抹殺される以外にも恩人には死んでほしくないという気持ちがあるが、医療に造詣のない俺にはあとは祈ることしかできない。

今はできること──今も野に放ったままでいる暗殺者を冒険者協会に引き渡さなければいけない。


「確か冒険者の犯罪者は警察で対応できないから冒険者協会に引き渡すんでよかったよな」


「大丈夫ですか、ひどい出血ですけど!?」


「傷は塞がっているので大丈夫です」


「ですけど……」


傷は塞がっているが出血で見た目酷いらしい。

ここで止められて取り逃がして今後暗殺に怯えなければならないのはごめんだ。

今回は相手の油断でどうにか倒せたが二度目は絶対に通用しない。

ナースの元から離れて予約でダンジョンに移動する。


「ちゃんといるな……」


地面にめり込んだまま受付嬢はその場にいた。

折り重なった土塊と一緒に体を持ち上げる。


「なんか急に重くなったな」


予約でダンジョン協会に行こうかと思うとついに強化が切れたのか、虚脱感と疲労感が一気に押し寄せて来た。

体に力が入らない。

回復薬を浴びたおかげで傷自体はないはずだが血が抜けすぎて貧血気味なのかもしれない。

ダンジョン協会に引き渡すことができるか怪しくなってきたな。

ダンジョン協会で移動直後で倒れたら普通に逃げられたり、殺されたりする可能性もあるというのに。

もう他に頼れるものなどないのだから気合いでなんとかするしかない。


「持ってくれよ、俺の気力!」


予約でダンジョン協会に移動すると疲労感と共にひどい眩暈に襲われる。

そのまま倒れるかと思うがギリギリで踏みとどまって耐える。

あとは受付まで運んで要件を言えばそれで終わりだ。

体が相当堪えているのか、嫌な汗が吹き出してくるが一歩一歩踏み出していく。

あと少し、あと少し。

そう念じて足を動かしてなんとか受付に辿り着いた。

視界が歪んで受付の人間の顔が見えない。


「すいません。暗殺者です。確保お願いします……」


言葉になったのか、伝わったのかわからないまま意識が途切れた。



──


「入院費はこちらで負担させて頂きます。まだ加害者の聞き取りが進んでおらず懸賞金の有無は判然とはしませんが報奨金の方は後ほど現金で給付させて頂きます」


目覚めると病院のベッドの上で、体調は回復していたので退院手続きをするとダンジョン教会の女性と出会してそう言われた。

忙しいのか、こちらの返事を待たずにそそくさと消えてしまったが報奨金はもらえるのはありがたい。


「そういえばあの人大丈夫だったんだろうか」


特に急いでるわけでもなく、病み上がりで予約を使う気にもなれなかったので歩いて帰路についているとそんなことを思い、SNSを覗く。

配信者で有名人ということなのでもしかしたら何かニュースになったりしてるかと思うと早速見つけた。


「なんだこれ?」


暗殺者と俺が戦っている動画と共にあの配信で有名と思われる冒険者──ヒフミンが特定するようにネットの民に頼んでいた。

返信欄を見ていくと俺の名前が特定されており、話題になっている。


「嘘だろ。もしかして……」


もしやと思いトレンドを確認すると最上位に俺の名前があるのが見えた。

俺はいつ間にか有名人になってしまっていた。


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元社畜の限界おじさん、スキル『予約』で即死フラグを予約キャンセルする スイセイムシ @ryutouhebi

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