ギャンブラーの巣窟
シクザールに連れられてやって来たのは、カジノタワーの地下だった。
本来なら、スタッフ専用の場所。
1つの扉を開けると、そこに広がっていたのは、ホテルのように整然とした床に、オレンジ色の優しい光が細く長い廊下を照らしていた。
静寂が支配するその空間は、どこか落ち着いた雰囲気を持ちながらも、非日常的な感覚に満ちていて、思わず高揚感を感じる。
ただ1人を見なければ……。
先程より幾分かマシになっても、未だ溢れ出てくる狂気。
僕はこのシクザールから逃げたと思いながら、シクザールの圧に押されて渋々付いて行く。
僕はどこで間違えたのだろうか。愚痴なんて言いに行かなければ良かった。
歩いて行くと、如何にも重厚な両開きのドアが見えてくる。
近づくに連れて僕はシクザールから感じたあの狂気と同じものを扉の奥から感じる。
「どうしたの?」
気がつくと、僕は無意識に足を止めていた。シクザールはその視線を察したのか、静かに歩み寄ってきた。
「なぁ、ここから戻るのはありか?」
僕は恐る恐る聞いてみた。心のどこかでまだ逃げられる気がしていた。
「うーん……ここまで来たから駄目だね」
シクザールの冷徹な表情がその期待を打ち砕く。
僕は言葉に詰まった。逃げることができるのなら、今すぐにでもその場を離れたかった。
しかし、シクザールの存在がその選択肢を完全に消し去っていた。
ここで振り返り走って逃げることもお出来ただろう。だが、僕の本能がそれを拒む。
逃げたらまるで死が待っているかのような。そんな気がする。
シクザールの後に続いて扉に奥へ進むとそこに広がっていたのは、ギャンブルだった。
光景は至って普通のギャンブルで、何もおかしいところはない。
ただ、おかしいのはその場の全員が、シクザールと似たような狂気を孕んでいるということだ。
僕はその場を直視するのを全身が拒否するほどの不快感に襲われた。
全身の毛は逆立ち、足は震え始めていた。
「そう言えば聞き忘れたけど、君の名前は?」
「カール、カール・ハル」
僕はその場から逃げたい一心で答えた。
「良い名前だね。カール」
ずかずかと歩くシクザールを後を追うように僕も深淵の奥へと進む。
「何か飲む?」
シクザールは余裕でバーのカウンターへ向かい、さりげなく注文を始めた。
「カール君はどうする?」
その問いに、僕は焦って答える。
「リンゴジュースを……」
普段なら好きなドリンクなのに、今その味さえも恐ろしい気がしてきた。
ふと、シクザールの方を向くと、さっきまでの狂気は嘘のように無くなり、穏やか雰囲気が流れていた。
彼はバーの椅子に腰掛け、僕も隣に座った。
「シクザール、ここはどういうところなんだ?」
僕は早速気になることを聞いた。
「ここは裏カジノ。やってるゲームも同じ、異なる点はただ1つ、チップさ」
「チップ?具体的には?」
シクザールはジンを軽く一口飲んで、ゆっくりと話し始めた。
「チップは実に簡単、君の
何を言っているんだ?人生を賭ける?あり得ないだろ。
普通は――。
気付いてしまった。ここが普通では無いことに――。
シクザールのような
普通なんてこんなところでは通用するはずがない!
そして今僕がおかれている状況さえも。
僕は再度ただならぬ不快感に襲われる。
そう、僕はカモだ。
逃げたい!そう真っ先に思うが、体が言うことを聞かない。
「さぁ、ギャンブルをしよう。カール君」
シクザールのような奴をこれから相手すると思うと、僕の中の何かが音を立てて崩れていくのが分かった。
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