激突
「へっ? 嘘おぉ?」
桐山の口から、間抜けな声が洩れ出た。ペドロのあまりにも見事な動きを目の当たりにし、驚きのあまり声が出たのだ。
しかも、次に取るべき行動が遅れてしまった。何の備えもなく、バランスを崩した体勢で着地してしまう。この状況では、やってはいけないミスだ。
同時に、ペドロの右手が伸びた。桐山のシャツを掴み、片手で頭上高く持ち上げる。これまた、常人には有り得ない腕力だ。
直後、地面へと叩きつけた──
今度は、ペドロが顔を歪める番だった。
確かに、桐山を掴み持ち上げたはず。その後は高速で地面に叩きつける、少年の首が折れて死亡……それで終わりのはずだった。
だが、叩きつけられる零コンマ何秒かの間に、桐山は対応していた。掴まれ持ち上げられると同時に、シャツから己の体を脱出させていたのだ。ありえない動きである。
その後の動きもまた、曲芸じみたものだった。シャツを脱ぎ地面に手から着地すると同時に、逆立ちの体勢から跳ね上がる。ペドロの顔面めがけ、強烈な蹴りを見舞った──
この蹴りがまともに当たれば、ペドロといえども下顎を砕かれノックアウトさせられていただろう。
ところが、ペドロもまた怪物であった。凄まじい速さで襲い来る蹴りを、回し受けで避ける……いや、弾き飛ばす。常人離れした腕力で、飛んできた蹴りを体ごと弾き飛ばしてしまったのだ。強すぎる腕力は、防御技術であるはずの受け技すら攻撃へと変えてしまう──
桐山は地面に倒れた。次いで、ペドロの鋭い横蹴りが放たれる。蹴りというよりは、踏み付けに近い。当たっていれば、桐山は顔面を地面に叩き付けられていた。蹴りの衝撃と地面との挟み打ちで、頭蓋骨の損壊は免れなかっただろう。
しかし、桐山の反応も速い。弾かれた直後、すぐさま地面を転がる。蹴りを躱し、一気に間合いを離す。
一瞬にして、数メートルを移動した。そこでスクッと立ち上がり、獣のように低い姿勢でペドロを睨みつける。歯を剥きだし、低い声で唸った。
一方のペドロもまた、鋭い目で桐山を睨む。その表情には、いつもの余裕がない。この小柄な少年を、強敵だと認めているのだ。
無言のまま対峙する二匹の怪物。両者の間には、異様な空気が漂っていた。その空気が、虫や小動物にすら影響を与えたらしい。普段なら聞こえるであろう、かさかさという音すら消えている。周囲は、沈黙に支配されていた。
その沈黙を破り、先に口を開いたのは桐山だった。突然、空に向かい吠える。
「じょ、う、じ、かんげきいぃぃ!」
意味不明の雄叫びをあげたかと思うと、興奮した面持ちでペドロを指差す。
「あんたすっげーよ! カッコイイよ! 痺れるよ! こんなん初めてだぜ! いやあ、久しぶりにやる気出てきたのんな!」
わけのわからないことを叫び続ける桐山に、ペドロは苦笑した。穏やかな表情で、人差し指を口に当てる。静かに、というジェスチャーだ。
すると、桐山はぴたりと口を閉じる。先ほど見せた戦いぶりが、嘘のような素直さだ。
ペドロはといえば、掴んでいた桐山のシャツを丁寧に畳んだ。そっと傍らに置く。
次いで、恭しい態度でお辞儀をした。
「俺の名はペドロだ。いきなりで恐縮だが、君の額の傷は銃によるものではないね。刃物でもない。恐らくは事故だ。それも、かなり大規模なもののはず。違うかね?」
静かな口調である。態度も落ち着いていた。さっきから、意味なく体のどこかを動かし続けている桐山とは真逆である。
にもかかわらず、両者にはどこか似たものが感じられた。
「当たりだにゃ。よくわかったのん」
言いながら、両手の人差し指を拳銃のような形でペドロに向ける桐山。相変わらず、真剣さがまるで感じられない態度である。
ペドロの方は、表情ひとつ変えず語り続けた。
「その事故で負った傷により、君は脳に重大な損傷を負った。だが、脳への損傷の二次的作用により、肉体に先祖帰りのごとき変化が生じる。君は、人間がまだ獣だった時代の……いや、それ以上の身体能力を得た。以上が、君の人間離れした身体能力に対する考察だ。間違っている点はあるかな? 差し支えなければ、教えて欲しい」
「ああ、そういや高岡先生も似たようなこと言ってたにゃ。たぶん、合ってると思うよ」
答えたと同時に、肩をぐるぐる回す。動きそのものはコミカルだ。しかし、その目は異様に輝いていた。
「さて、お話はこのへんにしよっか。続きやろ」
しかし、ペドロはかぶりを振った。
「そうしたいのは俺も同じなんだがね、今は他に優先すべきことがある。君を仕留めるのは、少々時間がかかりそうだ。その上、こちらも腕の一本くらい失う覚悟がいる。悪いが、また今度の機会にしてくれ」
「はあ? 何言ってんの? 今度なんか、あるわけないっしょ。やるなら今でしょ!」
言いながら、桐山は両手を大きく広げる。まるで、今からハグでもしそうな勢いだ。
その時、ペドロの右手がぱポケットへと入った。
「では、ひとつ問題を出そう。その問題に正解を出すことが出来たら、今から君の気の済むまで
「オッケー農場」
即答すると同時に、握り拳を突き出し親指のみを伸ばす。GOODのハンドサインだ。ペドロは苦笑しつつ頷いた。
「問題は、このポケットの中に武器が入っているかどうかだ。さあ、言ってみたまえ」
言いながら、左手で己の右側ポケットを指し示した。そこには、右手が突っ込まれている。
「んなもん余裕なのん。入ってないにゃ」
またしても即答である。ペドロの顔に、奇妙な表情が浮かんだ。
「なぜ、そう思ったのかな? よければ教えてくれないか」
「簡単なのん。俺がそう思ったからにゃ」
「君は……本当に、想定外の男だ。実に素晴らしい。出来れば、別の機会に会いたかった」
言葉そのものは、皮肉ともとれる。しかし、ペドロの顔には畏敬の念らしきものが浮かんでいた。
次の瞬間、その表情が一変する。
「残念ながら、君の答えは外れだ」
言いながら、ペドロは右手をポケットから出した。人差し指と親指で、何かをつまんでいる。桐山は、つままれている物を凝視した。
次の瞬間、思いきり上体を反らした。空に向かい吠える。
「なんじゃそりゃあぁぁぁ!」
直後、両手を拳銃の形にして指差し怒鳴りつける。
「ちょいちょいちょい! それ、パチンコ玉じゃん! 武器じゃないじゃんよ! あんた嘘つきなのん!」
「いや、これはれっきとした武器だよ」
言った直後、ペドロが親指を弾いた──
放たれたパチンコ玉は、凄まじい速さで飛んでいく。そのままなら、桐山の右目を直撃していただろう。
だが、桐山も常人ではない。ぱっと首を動かし避ける。
ビシッという音がした。弾丸のような速さで飛んだパチンコ玉は、後ろの大木にめり込んだのだ。まともに当たっていれば、確実に右目は潰れていた。いや、それどころか脳にまで達していたかも知れない。
それを見た桐山は、うんうんと頷いた。
「うん、確かに武器なのん。にしても、あっぶねえなあ。当たったらどうすんのよう」
「それは申し訳ない。だがね、入っていたものが武器であることは理解いただけただろう。では、忙しいので失礼するよ」
そう言うと、くるりと向きを変えた。恐れる様子もなく、背中を向け去っていく。
すると、桐山が声をかける。
「しゃあないから、今日は見逃すよ。けどさ、明日になったら必死こいて探しちゃうかんね。見つけたら、必ず決着つけるのんな!」
「いいよ」
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