あこがれの物語のように、お城に勤めて、そしてTRPGを。
雨蕗空何(あまぶき・くうか)
あこがれの物語のように、お城に勤めて、そしてTRPGを。
小さいころ、わたしは物語の世界にあこがれた。
物語の中に出てくるような、お城で暮らすお姫様になってみたかったし、お話の中心にいる主人公というものに、なってみたかった。
この国の外には広い世界が広がっていて、魔王と呼ばれる存在がいて、異世界から招かれた勇者と呼ばれる人が戦っていると聞いたけれど、それはどこか遠い国の、わたしとは縁遠い存在で。
それよりも絵本や童話や小説や、そんな手元で広がる空想のお話こそ、わたしにとっては身近なものだった。
近所の友達やきょうだいたちと遊ぶおままごとで、わたしはお姫様の役をよくやった。
ただの農家の娘でしかないわたしが、そのごっこ遊びの中でだけは、お城で暮らすきらきらした人物や、物語の中心に立つ主人公になれたのが、うれしかった。
そんな子供のころのあこがれを、そのうち忘れていって、普通に農家の娘として大人になるんだと思ってた。
けれどあるとき、王様たちの住むお城で、新しいメイドの募集をしていると聞いて。
子供のころのあこがれがうずいてしまって、家族にお願いして、思い切って採用試験にチャレンジして。
わたしの使える風の魔法が、広いお城のお掃除にも役立つということで、採用してもらえた。
うれしかった。それに、楽しかった。
王様や王子様が暮らすお城で働くのは、緊張もしたけど、とってもうれしかった。
物語の世界であこがれたお城での暮らしを、わたしができているんだって。
お姫様じゃなくてメイドだけど、十分だった。
ただの農家の娘だったわたしが目指せる、最高の場所にいるんだから。
そう、思ってたら。
「テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲーム――TRPGの本です」
この国に、このお城に、異世界からのお客さんが来た。
平和な日常に退屈していた王子が女神様に願って、その願いを女神様が聞き届けて、連れてきたそうで。
しかも。
「そのゲームは何人で遊ぶものなんだ? ……では兵士長を入れて、あとは……大臣は遊ぶ気がなさそうだし……
よし、メイド。きみが入るといい。ソファに座りたまえ」
「え、えっ!? わたしですか!?」
人数合わせのために、たまたまお茶を運んだわたしが一緒に遊ぶことになって。
こんなわたしが、ただのメイドで、もともとは農家の娘でしかなかったわたしが、王子たちえらい人……それに、異世界のお客さんと、一緒にゲームで遊ぶなんて。
TRPG。ルールのあるごっこ遊び。
紙に情報と数字を書き込んで、自分のキャラクターを作って、それになりきったり、そのキャラクターがどんな行動をするか考えたり。
うまくできなかった、と思った。
自分で考えてどんどん動く王子や兵士長さんに比べて、わたしはなかなか自分で考えられなくて。
うまくできなかった自分が、くやしかった。
うん。くやしかったんだと思う。わたしは。
王子や、それにゲームマスターをしていた異世界の人が、自分とは違う人になりきっているのを見て。
わくわくした。そんなことができるんだって。
そんなことができる遊びがあって、そんな場に誘われるなんていうまたとないチャンスがあって、なってみたい自分になりきれなかったことが、くやしかったんだ。
それで、夜中にこっそり、TRPGの本を読ませてもらってて。
そんな様子を、あの人に、異世界の人に見られて。
「また……ゲームをやりたいって、思ってくれるんですか?」
わたしが、またTRPGをやりたいと思っていることを、喜んでくれた。
「自分がうまくできなかったと思っても、他の人のここがよかったってきちんと思えるメイドさんは、TRPGに向いていると思います」
ほめてくれた。向いているって。
「TRPGの一番の『勝ち』は、参加者全員が楽しいと思うことです。
他の人の楽しさに共感して、自分も楽しいことを目指すのは、その勝ちに向けた最適解のひとつだと思います」
笑ってくれた。
「僕はメイドさんと遊べて、楽しいと思います」
一緒に遊んで楽しいと、言ってくれた。
そのときはただ、言われたことがうれしくて、心があたたかくなって、胸がいっぱいになっていただけだと思っていたけれど。
思い返すと、きっとこのときわたしはもう、あの人のことを――
◆
お城の中の、住み込みでいるわたしの部屋。
星明かりが窓から差し込む中で、わたしは紙の束を見返していた。
キャラクターシート。これまでのTRPGで、わたしが遊んできたキャラクターたち。
シートを見れば、そのときのTRPGセッションがどんなものだったか、昨日のことみたいに思い返せる。
このキャラクターで、どんな活躍をしたか。どんなふうに、他のみなさんに助けられたか。
そのときのストーリーはどんなもので、みなさんがどんなふうに楽しんでいたのか。
全部、昨日のことみたいに、思い返せる。
あれから何度も、セッションに参加させていただいた。
物語の主人公のような立ち位置のキャラクターも、何度もやらせていただいた。
夢みたいなことだって、今でも思う。
ただの農家の娘でしかなかったわたしが、王子や異世界のお客さんと、対等に……こんな言葉を想像するだけで、ものすごく申し訳ない気持ちになるけれど……遊んでいるなんて。
なんならセッションの中だけじゃなくて、今のわたしの状況そのものが、物語の主人公みたいだなって思ったりもする。
ふと、感触が恋しくなって、ベッドの枕元に置いていたものを手に取った。
星型の模様が入った石のはまった、ブローチ。
とあるときに、あの人にもらったもの。
今のわたしは、物語の主人公みたいだなって、思う。
昔読んで好きだった、本の中のお話みたいだと。
そのお話は、貧しい農民として生まれた女の子が、才能を認められてお城で働くようになって、そこで王子を訪ねてきた客人にみそめられて、幸せに暮らすというものだった。
わたしのあこがれは、どこまで現実になるんだろうか。
いつか。いつか。
全部叶ってしまう日が、来るんだろうか。
息が詰まるように胸がふるえて、わたしはブローチをきゅっと握りしめて、胸にかかえた。
あこがれの物語のように、お城に勤めて、そしてTRPGを。 雨蕗空何(あまぶき・くうか) @k_icker
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