義手と鋼の夢

わんし

義手と鋼の夢

 桜井紗季さくらいさきは、ひときわ目立つ存在だった。中学生になっても、周囲とは少し違う雰囲気を纏っていた。普通の制服を着て、普通の生徒たちと一緒に学校に通いながら、彼女だけはどこか異質だった。


 それは彼女の義手が理由だった。生まれつき右腕を失った紗季は、最新式の義手を装着していた。


 その義手は、単なる義肢ではなく、機械的な構造を持ち、様々な機能を備えている。それでも、周囲の目には異物に映ることが多く、紗季は時折、冷たい視線にさらされることもあった。


 だが、紗季はその目を気にすることはなかった。彼女の頭の中には、いつもある夢があった。


 あの漫画の某錬金術師のような、力強くて、誰かを守るために戦うヒーローの姿。その夢は、彼女の中でひときわ輝いていた。


機械鎧オートメイルがあれば、きっと私はみんなを守れる。」


 そう心の中で呟くことが、紗季の日常になっていた。彼女が目指しているのは、単なる機械の義肢ではなく、全身を包み込むような鎧のようなものだ。


 鋼で作られたその鎧が、彼女を強くし、誰かを守る力を与えてくれると信じて疑わなかった。


「でも、現実は厳しいよな…」


 いつもそう思いながらも、紗季はその夢を諦めたくなかった。そんなことを考えながら、学校の帰り道、紗季はふと目を止めた。


 道端にあった古びた店の看板に「ロボット制作コンテスト開催!」という文字が掲示されていた。


「ロボット…?」


 紗季は足を止め、その看板をじっと見つめた。ロボットと言っても、彼女の想像しているようなものとは少し違った。


 彼女が思い描いているのは、もっと大きく、重厚な機械鎧だ。


 だが、ロボットの世界にも、自分が目指しているものに繋がる何かがあるのかもしれないと、紗季は感じた。


 その日の夜、紗季は寝室の窓から見える星空を見上げながら、心の中で決意した。


「私、これに挑戦してみよう。」


 ロボット制作コンテストの詳細を調べてみた結果、それは地域の小さな学校で開催されるものであり、誰でも参加できることが分かった。


 参加者は、自分でロボットを作り、その性能やデザインを競い合うという形式だった。


 紗季は、その内容を聞いた瞬間、胸の中で何かが弾けるような感覚を覚えた。これだ。自分の夢を実現するために、何かを作るチャンスがついに来たのだ。


 次の日、紗季は学校が終わるとすぐに、家に帰るとロボット制作に必要な材料を集めるために近くの電子部品店へ足を運んだ。義手はすでに彼女の体の一部となっていて、その技術も応用すればきっと自分の思い通りに動かせるロボットを作れると確信していた。


 何度も手に取った部品を眺めながら、どんな構造にすればいいのか、どこに自分のアイデアを盛り込むべきかを考えるのは楽しい時間だった。


 義手を装着した彼女の手は、手先が器用であることを証明するように、慎重に細かい部品を選んでは購入した。それらをすべて自宅に持ち帰り、物置にしまった。


 次のステップは、計画を立てることだった。紗季の中でのアイデアははっきりしていた。

「機械鎧」


 それが最終的な目標だった。


 そして、そこに至るためには、まずは動くロボットを作り上げることが最初の挑戦だと理解していた。


 紗季はロボット制作の途中で、学校の友人である秋山駿あきやましゅんに声をかけた。


 駿は機械に強い興味を持っており、コンピュータのプログラミングや機械設計に関しては素晴らしい才能を持っていた。


 紗季がそのアイデアを持ちかけると、駿はすぐに協力を申し出てくれた。


「君が作ろうとしているのは、すごいことだと思う。」


「でも、正直言って、かなり難しいよ。どうしても作りたいなら、僕も手伝うよ。」


 駿の言葉に紗季は頷いた。


 彼女にとっては、機械鎧を作るためには駿の協力が必要不可欠だと感じていたからだ。二人はすぐに設計図を描き始めた。


 駿の手際の良さに驚きながらも、紗季は自分の考えを伝え、共に一つの目標に向かって進んでいった。


 時間が過ぎ、毎日のように設計や組み立てを繰り返していった。紗季の義手は、ロボットのパーツと連動するような仕組みを取り入れていくことになった。


 自分の体の一部を使って、別のものを作り上げるという行為に、紗季は深い満足感を感じていた。


 駿もまた、その独自の方法に感心し、二人の協力はますます深まっていった。


 周囲の反応は冷ややかだった。


 特にクラスメイトの中には、紗季が何か奇抜なことをしようとしていると、あまりいい顔をしない者もいた。


 しかし、紗季はそれに動じなかった。自分の信じる道を進むことが最も大切だと、心の中で繰り返し自分に言い聞かせていた。


 そして、コンテストが近づいてきた。紗季と駿は、ついにロボットの基本的な形を完成させた。


 しかし、それはまだ完成ではなかった。ロボットには、動作確認を行い、予期せぬ不具合を修正する必要があった。


 駿はその作業に没頭し、紗季はその傍らで自分の義手の精度を高めるために訓練を続けた。彼女の義手は、もはや単なる補助器具ではなく、まるで戦士の腕のような存在になりつつあった。


「あとは、動作を安定させるだけだね。」


 駿がそう言った時、紗季は少し顔を曇らせた。その言葉の裏には、何か不安があった。機械の動作は予測が難しく、特に彼女の作り上げているものは、普通のロボットとは違う高度な技術を要求していた。


 しかし、それを克服できる力が自分にはあると、紗季は信じていた。


 ついにロボット制作コンテストの日がやってきた。


 会場は、地元の体育館を借りた小さなイベントホールだった。参加者は紗季と駿を含めて数十名で、ロボットたちが展示されると、会場は賑やかな雰囲気に包まれた。紗季の作ったロボットも、無事にその場に並べられ、他の参加者たちと共に展示されることとなった。


 ロボットは、紗季の義手が連動して動くように設計されており、その動きにはどこか力強さがあった。金属の板で覆われたそのロボットは、まるで鎧のように見え、紗季が描いた夢の一端を形にしていた。


 少し不安はあったが、それでも紗季は胸を張ってそのロボットを眺めていた。


 これが、自分の夢の第一歩なのだと、心の中で誓いながら。


 だが、その時、会場内に異様な空気が漂い始めた。他のロボットたちは順調に動作していたが、紗季のロボットだけは動きが不安定で、何度か制御が効かなくなる瞬間があった。その様子に、観客たちの視線が集まる。


「おい、あのロボット、動かないじゃないか。」


「なんだ、結局失敗したんだな。」


 周囲から小さな囁きが聞こえてきた。紗季は焦りを感じた。予想していた通り、動作に不具合が出てしまったのだ。


 彼女が自分で作り上げたロボットは、まだ未完成だった。それでも、彼女はその不安を押し殺し、駿と共にロボットの調整を急いだ。


「大丈夫、少しの調整でいけるはずだ。」


 駿の言葉に励まされ、紗季は必死に調整を行った。


 だが、その時、突如として予期せぬトラブルが発生した。ロボットが急に暴れ出し、周囲に向かって勢いよく突進していった。観客たちは驚き、後ろに退避するが、ロボットは勢いよく会場の端にある机に激突し、機械の部品が散乱する音が響き渡った。


「うわっ!」


 紗季はすぐに駆け寄ったが、ロボットの状態は酷かった。


 何かがショートしたようで、動きが完全に制御を失っている。そのロボットの目の前には、偶然にも他のコンテスト参加者が近づいており、危うくその人を傷つけてしまうところだった。


「大丈夫ですか!?」


 紗季は慌ててその人物に駆け寄り、怪我をしていないか確認した。その人物は幸いにも無事だったが、紗季の心の中では冷や汗が流れた。


 ロボットは完全に暴走していた。


 それに、会場内の他のロボットたちも、次々と異常をきたし始めていた。システムの不具合が一気に広がり、会場はパニックに陥りつつあった。

その時、紗季の頭にふとひらめきが浮かんだ。


 もしこの暴走を止めるには、自分の義手を使ってロボットの制御回路に直接介入すればいいのではないか。自分が一番理解している義手の動作とロボットの動作を同期させることで、ロボットを制御できるかもしれない。


「駿、ちょっと待って!」


 紗季はそう叫んで、暴走するロボットに向かって走り出した。周囲の人々は、その動きに驚き、思わず足を止めた。


 しかし、紗季は一歩一歩着実に進んでいく。彼女の心は決まっていた。ロボットを止めなければ、誰かが危険にさらされる。このチャンスを逃すわけにはいかない。


「お願い、動いて!」


 紗季は、暴走するロボットの前に立ち、義手を精一杯伸ばして接続部に手をかけた。義手のセンサーが反応し、ロボットの回路にアクセスが始まる。


 しばらくの間、何も起こらなかったが、やがてロボットの動きが鈍くなり、やっと制御が効いた。その瞬間、紗季は胸を張ってロボットの動きを止めた。


 会場の空気が一変した。静寂の後、拍手が湧き上がった。


 しかし、紗季の胸の中は空虚だった。ロボットを止めたとはいえ、それは未完成のものであり、彼女の目指していた「機械鎧」とは程遠かったからだ。


 紗季はその日、機械鎧を使いこなすことができなかった。


 それでも、ロボットを暴走から救ったという事実に、わずかながらの安堵感を覚えていた。周囲の人々は、紗季がロボットの動作を制御したことに驚き、賞賛の言葉をかけてくれた。


 だが、彼女の心は晴れなかった。自分が夢見た「機械鎧」とは、あまりにも違っていたからだ。


「まだ、足りない…」


 紗季は自分の作ったロボットを静かに見つめながら、つぶやいた。


 義手を駆使して調整を加え、暴走を止めたことに一瞬の勝利感を覚えたものの、それが本当に自分が目指していたものだとは感じられなかった。


 機械鎧を着て、自分がヒーローになれる日が来るのだろうか。その答えは、まだ遠くにあった。


 その後、紗季のロボットはSNSで取り上げられ、予想以上の反響を呼んだ。


 多くのコメントが寄せられ、ネット上では「紗季のロボットを応援したい」「次回はもっと完成度を高めてほしい」といった声が続々と投稿された。


 最初は少し戸惑ったが、紗季は次第にその声に励まされていった。


「まだ、終わりじゃない。」


 紗季は決意を新たにした。自分の夢が完全に実現されるには、もっと努力が必要だ。


 そして、今回の失敗を恐れず、次のステップへ進む勇気を持たなければならない。


 ロボット制作のスキルを高め、技術を磨き、何度も挑戦し続けることが大切だと、紗季は心に誓った。


 数週間後、紗季は再びロボットの改良に取り組んでいた。義手を駆使して、新たなシステムを組み込んだり、動作をより安定させるためにいくつかの改修を加えたりした。


 だが、前回のようなミスを繰り返すわけにはいかないと、より慎重に作業を進めていった。


「次こそ、完成させる。」


 その言葉を胸に、紗季は新たなロボットを作り上げていった。彼女が目指す「機械鎧」は、ただのロボットではなく、完全に自分の一部となり、力強く動き、誰かを守るために戦うことができるものだった。


 そのためには、精度や耐久性だけでなく、彼女自身の心と連動するようなシステムが必要だと感じていた。


 紗季の努力は、着実に実を結びつつあった。周囲の人々も彼女の成長を見守り、時には手助けを惜しまなかった。


 駿も、再度彼女のプロジェクトに協力し、二人三脚で試行錯誤を繰り返した。


 ある日、ついにその瞬間が訪れる。改良されたロボットは、前回のような不安定さを見せることなく、スムーズに動作を始めた。紗季はその姿を見つめながら、じっと息を呑んだ。


 ロボットが動き出すたびに、彼女の胸は高鳴った。それはまるで、義手と機械が一体となったような感覚であり、紗季にとっては長い旅路を終えるための最初の大きな一歩だった。


 そして、ついに紗季のロボットは完全に動き出し、力強く前進した。


 まるで、彼女が夢見ていた「機械鎧」が現実になったかのように、そのロボットは動き続け、力強い意志を持って歩き続けた。


「これが、私の…。」


 紗季は思わずその瞬間を噛み締めながら、微笑んだ。まだ夢の途中ではあるが、彼女の心は確かに前に進んでいた。


 次はもっと高い場所を目指して、また新たな挑戦が始まることを感じながら。


 彼女の心には、もう一度夢を追い続ける勇気が満ちていた。


 そして、紗季の義手がまたひとつ、次の「機械鎧」を作り出すために動き出した。

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