第2話 カニと女神さま

「ごめん、これそっちに置いてくれる?そうそう。で、これがカニ用のフォークね。それとこっちがキミのお皿」


「カニ用のフォーク?こんなんあるん?」


ーーバイト先から歩いて三十分ほど。

カンカンとうるさいサビだらけの階段を上がった二階建てアパートの204号室、そこが我が家だ。


部屋は六畳のワンルーム。

玄関との間に五メートルほどの廊下があり、その途中にキッチンと呼べるのかも怪しい調理スペースと、反対側にはトイレと風呂。


ユニットバスは嫌だったので、不動産屋にお願いし、別れている物件を探して貰った。

そのおかげで家賃が上がってしまい、最終的にはこんなボロアパートに決まったのだが……。


いつ警察に声をかけられるかと、ビクビクしながらの帰り道。

なんとか無事に我が家に辿り着くことができ、今はカニ鍋の真っ最中というわけだ。


「あれだけカニが食べたいって言っていたのに、カニ用のフォークを知らないのか?」


俺はふと疑問をぶつけた。


「うん。うちが前に食べた時はな、まだカニを食べだして間もないって言ってたから。こんなもんは作られてへんかったと思う」


ーーでた、不思議ちゃんキャラだ。

これさえなければ完璧な美少女なのに……。

顔には出さない様にしたが、内心かなり残念に思った。


「ま、それはそうと。お腹も減ったし、そろそろ食べるとするか!」


「うん!」


『いただきまーす』


二人仲良くハモって、俺たちは一心不乱にカニを堪能した。

カニを食べる時は無口になるって、あれ本当だったんだな。



「ごちそうさま」


ふぅ、とお腹をさすりながら俺は食事を終えた。

やはり久しぶりのカニは相当に美味く、大満足といった様子で顔がほころぶ。


彼女はというと、カニが全然食べられず、ほとんど俺が殻をむいて中身だけをお皿に入れてあげた。

苦労する事なく美味しい部分を堪能できたようで、ご機嫌そうに食事を終え、今は謎の儀式?のようなものの真っ最中だ。


「ーー全ての命、創造主たる神に感謝いたします」


……やはり熱心な宗教家なのだろうか。

俺はしばらく彼女を黙って見つめていたが、いよいよ核心に触れる事にした。


「よし。食事も終えたし、聞かせて貰うよ。キミはどうしてあんな時間に一人でいたんだ?家はどこなんだ?ご両親は?」


もうかなり時間も遅くなってしまったが、そこははっきり聞いておかないといけない。

そう質問を重ねる俺に対して


「あ、そういえば自己紹介がまだやったね」


彼女は改めて姿勢を正しながらこう言った。


「ーー申し遅れました。わたくし、音楽を司るミューズが一柱、歌唱を司る女神アオイデーと申します。以後お見知り置きを」

「って事で、よろしくね」


カニがほっぺについたまま満面の笑みで、彼女はそう言ったのだった。

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