虚の聖女

リズリンザ

第1話 それが産まれ落ちて

 90年を生きた。

 その間、私は何も生み出せなかった。


 結婚もせず、子供も作らず、仕事も日々同じ作業をし続けるだけ。

 創作をしてみようと思ったこともあった。

 美術、音楽、ゲーム、道具、機械、物語、劇などできそうなことはすべて挑戦した。


 そして全てにおいて才能がなかった。

 何かを生み出すことにおいて、この身は一切の才能を持ち得なかった。


 代わりに「破壊」「暴力」に関してはこれ以上ないほどの才能を持っていた。

 こと暴力に関しては右に出る者はおらず、世界情勢もあり暴力のみで日銭を稼ぐことができていた。

 あえて言うのであれば一つだけ作り上げられたものはある、死者だ。

 人の命を奪う行為が何かを生み出すことになるのなら、であるが。


 暴力任せで生きて90年、流石に寿命には勝てず、暴力だよりで生きてきたにしては老衰という平穏な死に方が出来たように思う。


 今住んでいる住居の大家に死体処理をさせるような迷惑をかける訳にもいかぬと、覚束ぬ足取りで外出し、若いころによく来ていた町はずれの川岸で寝転ぶ。


 あの頃の透明な水はもう存在しないが、目を瞑ればおぼろげながら思い出せる光景を想起しながら長い、永い眠りにつく。


 ふと遠くなっていく思考の中で願う。



『生み出せないのならせめて私のすべてを世界に捧げさせてくれ』


 せめて、せめてこの死体が分解され、世界の一部になってくれることを願って、私の意識は消えた。


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 見渡す限りの荒野の中心に"それ"は生まれ落ちた。


 世のすべてを飲み込みそうな黒の髪と衣服を纏い、反対に全てを照らしてしまえそうなほどに白く艶のある肌。

 動かず、呼吸をせず、その場に綺麗な姿勢で座ったまま微動だにしない。


 しかし、その女を見つけるものはおらず、生まれ落ちてから長い年月が経過した。


 生命活動を行っていないはずのその女は腐らず、汚れることもなく、一切の変化を拒むように何をするでもなくただそこに在った。


 それからさらに永遠とも言えるような年月が経過し、女に変化が訪れた。


 呼吸をしはじめ、指が動き、目を開けた。

 幾度かの瞬きの後に女は口を開く。


 醒歴せいれき5900年1月1日のことである。


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 意識が遠くなっていき、何も感じなくなった。

 どれほどの時間が経っているのかもわからない。

 これが死ぬということなのか、思考も何もが消え去ってしまうのではないのだなと他人事のように思っていた。


 しばらくぼーっとしていると、何やら空気の流れのようなものが感じられるようになってきていた。

(死んだはずでは?もしやここが地獄か?)

 次第に戻っていく体の感覚に動揺を隠せない。


 彼の動揺に構うことなく、まるで服を着るように神経が通り、筋肉が縮み、皮膚の感触が戻っていく。

 鼻から空気が入り込み、肺が空気で満たされる。眠りから覚めるように目を開き、情報として眼前の景色が脳に染み渡っていく。


 口を開き、一息吸った後に喉を震わせて声を発する。


「どこだ、ここは」

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