16 太陽の罠!?海辺のヒロインは終わらせない!

「は〜い、みんな乗った? じゃあ出発するよ〜!」


 つむぎさんの明るい声が車内に響き、エンジンが静かに唸る。


 ぼくたちは貸別荘へ向かう車の中。助手席にはぼく、後部座席にはかなたちゃんとまどかちゃんが座っている。


 今回の旅行は、高級喫茶再現デーのお礼として、つむぎさんが企画してくれたものだ。


 そう、なんと貸別荘! しかも、海が目の前! なんて贅沢な……!


 しかし、気になるのは――


(なぜ、ぼくだけ普段着なのに、後ろの二人はすでに“女の子の服”に着られているのか)


 かなたちゃんは涼しげなワンピース、まどかちゃんは上品なサマードレス。


 華やかに夏の雰囲気をまとっている。


(……いや、わかってる。これは、いつもの流れだ)


 だけど、ぼくはあえて口には出さない。


 触れたら負けな気がする。

 

 車が緩やかにカーブを抜けたころ、まどかちゃんがふとぼくに尋ねた。


「ところで、ひかりさん。あきらさんは誘ったんですの?」


「あきらくん? うん、誘ったよ。でも今忙しいらしくて、また今度会おうって」


 そう答えると、隣でかなたちゃんがにやりと笑う。


「へぇ〜? 今度二人きりで? なんか特別な仲みたい……」


「えっ!? 全然そんなのじゃないよ! ……多分」


 思わず言葉が詰まる。かなたちゃんは「ふーん?」と悪戯っぽい顔をしながら、まどかちゃんと目を合わせてクスクス笑っている。


(なんか……からかわれてる?)


 そんな他愛のない会話をしているうちに、車は目的地に到着した。


 貸別荘!


「わぁ……!」


 車を降りて目の前に広がる光景に、ぼくは思わず息を呑んだ。


 想像していたよりずっと大きな建物が、目の前に広がる海を背にして佇んでいる。


 青い空、燦々と降り注ぐ陽射し、潮の香りを運ぶ心地よい風……。


 ここが今日からぼくたちの拠点か。


「よしっ、まずは荷物を置いて、すぐに海に行くわよ!」


 つむぎさんが手を叩いて宣言する。ぼくたちはそれぞれスーツケースを持ち、別荘の中へと入った。


「よし、着替えようっと」


 部屋に荷物を置き、一息ついた後、ぼくは早速水着に着替えようとした。


 もちろん、男性用の普通の水着。そもそも、この体は男なのだから、それ以外の選択肢はないはず――


「ひかりさん、ちょ〜っとお待ちなさい」


「……え?」


 振り返ると、そこには三人のニコニコ顔。


 ……いや、まさか。そんなことは――


「この状況で、一人だけ男子なんて、つまらないでしょう?」


 まどかちゃんが楽しげに微笑む。


「ひかりお姉ちゃんに似合う水着、みんなで選んだよ!」


 かなたちゃんが嬉しそうに手にした袋を差し出す。


「はい! ここで着替えてね!」


 つむぎさんが明るく促す。


 ――見せられたのは、白い水着。

 

(やっぱり……!!)


 ぼくはそっと後ずさる。


「いやいやいや、ちょっと待って!? ぼく、普通に男だからね!? そういうのは、ないから!」


「さあ、準備完了ですわね♪」


「じゃ、水着、楽しみにしてるねっ!」


 つむぎさん、かなたちゃん、まどかちゃん。


 三人のニコニコ笑顔に追い詰められながら、ぼくの海水浴が、少しずつ“別の方向”へと転がっていく――。




 バスルームの鏡に映るのは、変身前のいつものぼく。


 だけど、今日は……こんなに裸になって変身するの、はじめてかも。


 普段は服を着たまま変身していたから、こうして最初から肌が露出している状態で変化するのは、なんだか……落ち着かない。


(いやいや、余計なこと考えずに、さっさと着替えれば……!)


 できるだけ鏡を直視しないようにしながら、水着のボトムスを手に取る。


 まずは、脚を通す。


 瞬間、ぞわっとした感覚が広がり、スラリとしたラインが作られていく。


 柔らかく整えられた肌、細くしなやかな脚。


 ボトムスを腰まで引き上げると、ウエストにふわりと小さなフリルが揺れた。


 腰のラインが自然に引き締まり、水着にフィットするようなシルエットになっていく。


(わ、わわっ、こっちも変化しちゃう……!)


 胸元の違和感に、慌ててビキニのトップスを手に取り、急いで身につける。


 ――その瞬間、ふわっと胸がふくらみ、トップスのフリルが軽やかに揺れた。


「っ……!」


 息をのむ。


 水着のデザインが、ぼくの変化に合わせてぴったりフィットするようにできているみたいだった。


 繊細なフリルが控えめにバストラインを飾り、腰のフリルと統一感を持たせながら、清楚な雰囲気を演出している。


 (は、恥ずかしい……でも)


 肌の露出が気になって、そっと白いパレオを腰に巻く。


 柔らかい布がふわっと広がり、軽やかに風をはらむ。


 透け感があるせいで、むしろ女性らしさが強調されてしまっている気がするけれど……これがないよりは、まだマシ。


 いつのまにか髪もセミロングに伸び、自然な艶が出ている。


(……もう、戻るしかないよね)


 心臓がドキドキと鳴るのを押さえながら、リビングへと向かった。




 扉を開けると、リビングではすでに三人が揃っていた。


「おっそ〜い! ひかりお姉ちゃん、遅いよ〜!」


 かなたちゃんが軽く飛び跳ねるようにして近づいてくる。


 まどかちゃんは腕を組み、微笑みながらぼくを見つめていた。


「……ひかりさん」


 その視線に、なんだか居心地の悪さを感じる。


「えっ、なに?」


「何って……」


 まどかちゃんは、ふわっと笑いながら言った。


「可愛すぎますわ」


「え?」


「ビキニの可憐さに、パレオの清楚さが加わって、まさに最強……!」


「……ほんとほんと!」


 かなたちゃんがぼくの周りをぐるっと回りながら、楽しそうに頷く。


「ねえねえ、これ、やっぱり似合うよね?」


 うん、めちゃくちゃ似合ってる」


 つむぎさんがにっこり微笑みながら頷く。


「最初からわかってたけど、やっぱり正解だったわね」


 ぼくは思わずパレオの裾をぎゅっと握る。


(ど、どうしよう……!?)


 夏の陽射しが照らすリビングで、ぼくの心臓は止まりそうなほど高鳴っていた――。




 あれから。遊び尽くしたぼくたちは、砂浜に腰を下ろして波の音を聞いていた。


「ふぅ……めっちゃ遊んだ……」


 腕を伸ばしながら、波打ち際を見つめる。


 スイカ割りにバレーボール、海の家でのかき氷……。

 どれも楽しかったけど、なによりもつむぎさんの大食いっぷりに圧倒された。


「かき氷三つはヤバいって……」


 今もなお、つむぎさんは「まだいける!」と屋台で追加オーダーをしている。


 そんなつむぎさんを横目に、ぼくはふと遠くを見つめた。


(……これから、どうなるのかな)


 最近、ぼくは変わってきている。


 変身が前より自然になって、女の子として過ごす時間が増えてきている。


 それが楽しいのか、怖いのか、自分でもわからなかった。


 潮風が髪をなびかせる。


 手を伸ばして濡れた前髪をかき上げると、夕日がしっとり濡れた肌を照らし――


「これは……写真集もの……!」


 背後から、まどかちゃんとかなたちゃんの声が重なった。


「え?」


 振り返ると――まどかちゃんの手にはスマホ。


 カシャシャシャシャシャ!


「ええええ!? ちょっと、なに撮ってるの!?」


「物憂げな表情、波の音、そして濡れた肌に沈む夕陽……。まさに傑作ですわ!」


「ひかりお姉ちゃん、超キレイ!これ、もう写真集じゃん!」


「恥ずかしいからやめて!!」


 慌てて止めようとする。でも、慌てるその姿すら――


カシャシャシャシャ!!


「ちょっ……! それも撮らないで!!」


「恥じらう表情まで完璧……!」


 まどかちゃんの超連写が止まらない。


 そんな中、遅れて戻ってきたつむぎさんが一言。


「これは、世界遺産」


「意味わかんないから!!」


 叫んだぼくの声は、波の音に掻き消されていった。


「……ん? あれ、犬?」


 ふと、海を眺めていたかなたちゃんが、小さなシルエットを指差す。


 目を凝らすと、小さな白い子犬が、波に流されて沖へと向かっていた。


「やばい! あのままじゃ……!」


 ぼくはすぐさま駆け出した。


「助けなきゃ!」


 この体質。L-LLMは、服に”着られる”。だったら、水着に最適化されて、泳ぎも上達してるはず!


 パレオを脱いで、勢いよく水に飛び込む――けど、!?


(だ、だめだ、かわいい水着のイメージだと、まだ足りない……!?)


 不思議な違和感に戸惑っていると、岸からつむぎさんの声が飛んできた。


「ひかりくん、これ!」


 投げられたのは、ライフガードチューブ。


 反射的に受け取り、手にすると、ライフガードのイメージが頭に流れ込んでくる!


(……これなら、いけるかも!)


 ぐっと水をかき、スムーズに前へ進む。


 力強い泳ぎで波を切り裂き、迷わず子犬へと向かう。


「大丈夫……ほら、こっち!」


 子犬をそっと腕に抱え、ライフガードチューブを浮きにして岸へ戻る。


 助けた子犬は「きゅーん……」と小さく鳴き、安心したようにぼくの腕に顔をうずめた。


(……よかった)


 岸にたどり着くと、まどかちゃんがスマホを構えていた。


「これは…ヒロイン…!」


「え?」


 スマホの画面には、颯爽と海を泳ぎ、子犬を救出するぼくの姿が――


(これ、なんか……めっちゃヒロインっぽい……!?)


 背後から夕陽が差し込み、水しぶきがきらめく。


 髪と水着がしっとり濡れて、かつてないほど美しく映えていた。


「かっこいい……!」


 かなたちゃんが感動したように呟く。




 貸別荘に戻ってくる。


「ふぅ……やっと戻れる……」


 ひと通り遊んだあと、ぼくはバスルームで水着を脱いだ。


 ――戻らない。


「え?」


 もう一度、水着を完全に外してみる。


 でも、変身が解ける気配がない。


 背中にひやりとした感覚。


 な、なんで!?なんで戻らないの?


「ま、まさか……!?」


 慌てて鏡を見ても、そこに映るのは……白い水着跡がくっきりついたままの女の子の姿。


 慌ててバスタオルを巻き、扉を勢いよく開ける。


「ちょっと! 戻らないんだけど!!」


 するとリビングでくつろいでいたまどかちゃんが、冷静に呟いた。


「日焼け跡まで体の一部と認識されているのでは?」


「えええええええ!?!?」


 こ、こんなことって……


 最近、女の子に変身しやすくなっている気がするけど、まさか、日焼け跡までなんて……


 このまま戻らなかったら、そんな思いが頭によぎる。


「でも、大丈夫だと思うよ。日焼け跡、数日で目立たなくなるから」


 かなたちゃんが言う。


 いや、数日でも、かなり刺激が強いんだけど……


「ここの宿泊が終わるくらいまでには戻ってるでしょ?ふふ、かわいいひかりくんを見放題かあ」


 つむぎさんが、はしゃいだように言う


「大丈夫!ひかりさんを一人にするわけには! かなたさんもわたくしも、ずっと変身してますわ!」


 まどかちゃんたち、こんなことがなくても絶対変身して過ごしてたでしょ……


 でも、少しだけ心強かった。




「すごい! ひかりお姉ちゃん、めっちゃいいねついてる!」


 夜、リビングでくつろいでいると、かなたちゃんがスマホを見せてくる。


 え! あまりんのアカウントで投稿しちゃってたの!?


 画面には、まどかちゃんが撮った“振り返り写真”と、“子犬を救う姿”が並んでいた。


 『海に差し込む、一筋の光』


 そんな詩的なキャプションがつけられた投稿には、いいねが急増中!


「え、フォロワーめっちゃ増えてる……!」


 画面には、急上昇するフォロワー数。

 つむぎさんが感心したように頷く。


「いいねの力、すごいねぇ……」


 スマホの通知音が鳴るたびに、ぼくの心臓がドキドキと跳ねる。


 しかも、今は女の子の姿。スマホの画面にうつる、あまりんとしての姿。


 いまのぼく自体に、いいねが押されている気がして。


(なんで……こんなに気持ちいいの……?)


 自分が知らない誰かが、ぼくを見つけて、評価して、称賛してくれる。


 その快感が、じわりと胸に広がっていく。


(ま、まずい……こんなのに慣れたら……)


 しかし――


 もっとフォロワーが増えたら。もっと、いいねが来たら。


 こんなSNS魔力に抗えるのか。


 通知音が鳴るたび、ぼくはその心地よさに飲み込まれそうになっていた――。




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