【KAC20252/あこがれ】憧れは裏切っていない
魚野れん
裏切られたと感じているのは自分だけ。
憧れのあの
――聖女ドミニクは、どこからどう見ても美しい女性である。微笑むと可愛らしさが滲むことすらあるそれは、とても魅力的に映る。そう、少なくともアドリアーナ憧れの女性だったのだ。
美しく、可愛らしく、頭の回転も速く――そして、神聖魔法はかなりの腕前である。能力があり、魅力的な相貌をしている同性――少なくとも、当時は同性だと思っていた――に、アドリアーナが憧れないわけがなかった。
「……アドリアーナ、あなたは素晴らしい騎士だと聞いています。ですが、どうしてそんなしかめっ面をしているのかしら?」
「それは! あなたが、女性じゃなかったから!」
「あら、それはごめんなさいね」
申し訳なさそうに言う割には、彼女は優雅に微笑んでいる。全く申し訳ないと思っているようには見えない。夜着を身にまとい、ベッドに腰掛けている姿は淑女らしいが立派な男性だった。
ドミニクの護衛騎士として彼の生活に密着するようになったアドリアーナは、早々にドミニクの正体について知ることになった。首元を覆っているチョーカーを取り、体のラインが露わになっている夜着を身に着けていると、女性の姿をしているだけの男性にしか見えない。
叙任されて早々に呼び出され、実は男性なのだと打ち明けられてからのアドリアーナは、失望や裏切られた憤りのような感情を持て余してしまっていた。
アドリアーナは女性が好きな女性だ。そして、アドリアーナの好みにぴったりだったのだ。理想の女性と言っても過言ではない。つまり、憧れの頂点ともいえる人だった。
だからこそ、許せない。納得がいかなかった。憧れを汚されるということが、これほどまでにアドリアーナの心を傷つけるとは、アドリアーナ自身知らなかった。
だが、ドミニクが立派な聖女であることや、護衛役や補助役を欲していたことには違いない。それはアドリアーナもいやすぎるほど実感させられている。そう。聖女ドミニクは、アドリアーナをからかうつもりなどなく、単純に心の底から欲していただけなのだ。
それは分かっている。分かっているからこそ「どうして」とも思ってしまう。
ドミニクは悪くはない。憧れを大切にして、期待しすぎたアドリアーナがいけないのだ。
「……おっさん。早く寝ないとその美貌に影が差しますよ」
複雑な気持ちを押し隠し、アドリアーナは話題を終わらせた。
「お気遣いありがとう、アドリアーナ。明日も頼むわね」
「はい。お任せください」
知恵者であるドミニクは、アドリアーナが話題を終わらせたいのだと気づいたのだろう。彼はたおやかな笑みを浮かべ、ベッドの中に潜り込んだ。アドリアーナはそれに、ぎこちない笑みを返し、頭を下げる。
彼が男性だったとしても、アドリアーナの中にある憧れを裏切るような行動を見せたことはない。胸の内に存在するこの「憧れ」と身勝手な「裏切られたという気持ち」を早くどうにかしたい。
アドリアーナは心の中でぐちゃぐちゃにこんがらがった糸のようになってしまったそれをぎゅっと抱きしめ、ドミニクに背を向けるのだった。
【KAC20252/あこがれ】憧れは裏切っていない 魚野れん @elfhame_Wallen
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