28 彼女の道
軽音部での初ライブ、ウインター・シーとしての初ライブという二大イベントを終えたアコは一気に力が抜け、気がつけば水月を連れ回して屋台をひたすら食べ歩くことに集中していた。
エネルギーを一気に使い果たしたアコの体は、新たなエネルギーを求めていた。たこ焼き、タピオカティー、フランクフルトにクレープと制覇し、まだ足りないとばかりにアイスクリームを頬張っている。
「食べ過ぎ。お腹壊すよ」
「へーき。むしろまだまだ全然イケるし」
「もう。ライブで何人もの女子のハート掴んでおいて、ライブ後にデブったとこ見られたらあんたのファンがショック受けると思うけど」
「いーよ。水月が嫌いにならなかったらそれで。水月は私がデブっても気にならないでしょ?」
「……まぁね」
陽が落ちて、校庭で始まったキャンプファイヤーを見に多くの生徒たちが集う。それを遠巻きに見つめながら、アコは不意に脳裏に浮かんだ言葉を口にした。
「水月、来年いないんだよね」
「ウインター・シーはまた呼ばれると思うから、来るよ」
「でも、もう私と同じ制服姿じゃない」
「まあ、OBになるからね」
あ、と水月がアコに向かって口を開ける。そこにバニラアイスを運びながら、アコはおずおずと尋ねた。
「水月はさ……進路、どうするの?」
それは度々尋ねたことだった。
しかし、水月は「今は目の前のことを頑張りたいから、まだ決めてない」と口にするだけで、卒業後の自分のことに自ら触れることはなかった。
「歌で食べていきたいって思ってたよ。実際、オーディションとか受けに行ってたしね、去年までは」
「去年までは?」
「全然ダメだったし、ばーちゃんが倒れたりとかもあったから、去年で辞めたの。今年は、オーディションとか関係なく、楽しくやろうって決めたんだ」
「そう、だったんだ……」
「お陰様で、今年は去年よりもずっと楽しく歌えた。やっぱ楽しく歌えるのが一番いい。今年は特に、アコと出会えたから、今年の文化祭で引退しちゃってもいいくらい、後悔なくやれたって思ってる」
「引退しちゃうの?」
眉を下げて尋ねるアコに、水月は少し考え込むようなそぶりを見せた後、迷いを振り切るかのように笑顔で首を横に振った。
「ううん。アコが加入したばっかりなのにここで辞めるなんてもったいないこと、しないよ。歌は卒業しても続けるつもり」
「……そっか。良かった」
「でも、このままだとプー太郎だからさ、とりあえず就職はするよ。あおだま水族館に」
「うちに?」
「うん。館長さんに就職しないかって勧められてるんだ。冬田さんが正社員で来てくれたらすごく助かるって。バイトの経験を活かせるし、何より慣れた環境だから、あたしとしてもこれ以上ない就職先だなって思ってるんだ」
大きく育っていく炎を見つめながら、水月が目を細める。
「だから、学校卒業するくらいで何も変わんないよ。むしろ、ここからまだまだ思い出作っていこうぜ〜って感じ?」
「……そっか……」
「そういうわけで、今後ともよろしく」
再び口を開けて催促する水月に、アコは微笑んでアイスを運んだ。
水月が卒業後もいてくれるという安心感はあった。
けれどその一方で、あれほど歌に対する情熱を持つ水月が夢をこのまま諦めていいのか、という微かな疑問もあった。
何度か口を開き、その疑問を言葉にしようと試みたが、最後までアコの口から出てくることはなかった。
アイスを食べ終えた後、水月にキスを求められたから。
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