第7話 密室での証明と、大山君との『恥ずかしい結末』

 黙ったままの私に不安を覚えたのか、たぬきは、不安そうに口を開きます。

 「……あの、雪野さんは、やっぱり、僕がたぬきだと嫌ですか?」

 「そ、そういうことではありません。私は、あなたが大山君だとは思えないのです」

 「でもちゃんと、雪野さんの目の前で『変身』しましたよ?」

 「煙幕で何も見えませんでしたから、その間に大山君は姿を隠して、あなたをこの場に残したのかもしれません」

 「でも、普通のたぬきは、人の言葉を話さないと思いますよ?」

 「どこかに小型のスピーカーが隠されいるのかもしれません」

 「でも、ちゃんと口も動いていますし……」

 「芸として仕込んだのかもしれません」

 「……なら、僕はどうしたらいいですか?」


 私は考えました。目の前の『たぬき』が大山君と同一の固体ではないことを証明するには、一体どうしたらいいのでしょうか。普段なら決して考えることのない、極めて荒唐無稽な話です。


 しばらく考えて、私は『マジック』的な手法で大山君が『たぬき』と姿を入れ替えることができない状態を作り、その上で『変身』をしてもらえばいいのでは、と思いました。そしてそれを目の前にいる『たぬき』に伝えると、たぬきは『うんうん』と頷いて、大いに納得しているようでした。



 さて、肝心の証明方法ですが、『確実性』を考えるあまり、少しおかしなことになってしまいました。第一に、私の部屋のクローゼットにある衣類を全部外に出してしまい、クローゼットの中に私と『たぬき』とで一緒に入ります。


 第二に、ガムテープでクローゼットを内側から完全に塞いでしまい、簡易な『密室』を作り上げます。これで、『マジック』のように大山君と『たぬき』が入れ替わることは、絶対にできないはずです。


 第三に、念には念を入れて、私は『たぬき』を全身を使って軽く抱きかかえて、大山君と『たぬき』が入れ替わることがないようにします。これなら、万が一大山君と『たぬき』が入れ替わろうとしても、途中で気が付くはずです。


 ……と、この時の私は『たぬきは大山君ではない』という極めて常識的な前提のもと、確実な証明方法を考えていました。もし『たぬきが本当に大山君だったら』と少しでも考えられていたら、絶対にこのような方法は試さなかったはずです。理由は、言うまでもありません。



 スマートフォンの小さな明かりを頼りに、私とたぬきは狭いクローゼットの中で互いに身を寄せ合っていました。私は膝を三角に折り曲げて座り、その上に小さなたぬきを抱きかかえているような状態です。

 「……あの、雪野さん、このまま『変身』したら、雪野さんに負担がかかってしまうと思うのですが」

 「大丈夫です。『マジック』的な手法で煙に巻かれないためには、この方法が確実です」

 「……ほ、本当に、大丈夫ですか?」

 「はい。問題ありません」


 大山君は『変身』することを躊躇っているようでしたが、私はそもそも『変身』するはずがないと確信していたので、決して譲りません。やがて大山君の方が折れて、しぶしぶながら『変身』をしてくれることになりました。

 「……じゃあ、行きますよ」

 「はい。お願いします」

 「……では」

 『ボン!』

 「⁉」



 するとどうしたことでしょう。白煙がクローゼットの中に充満し始めるやいなや、瞬間的に『たぬき』の重さが変化し、劇的に『重く』なったではありませんか。しかも、それだけではありません。劇的に『形状』が変化し、劇的に『触り心地』まで一瞬の内に変化してしまったのです。

 『たぬき』は『ふさふさ』或いは『ふわふわ』としたぬいぐるみのような触り心地から、『すべすべ』とした人肌のような感触になります。


 恐る恐る、私はスマートフォンの小さな明かりを『たぬき』の方に向けました。するとどうしたことでしょう。大変驚いたことに、今までいたはずの『たぬき』は忽然と姿を消してしまっていて、代わりに大山君が私のお腹の上に乗っかっていたのです。しかも『全裸』という大変驚くべき状態で、です。

 内側のガムテープを見ると、はがされた形跡は一切ありませんでした。


 「……お、大山君。話したいことは山のようにありますが、一度、外に出ましょうか」

 「……そ、そうですね。僕も、それがいいと思います」

 「……開きませんね」

 「⁉」

 しかし、なんということでしょう。私が念入りにガムテープを張ってしまったせいで、私たちは、簡単には外に出られないのでした。仕方がないので、私は一枚一枚、丁寧にガムテープをはがします。


 大山君は全裸です。しかも、クローゼットの中は狭いので、距離を取ることも、自由に動くこともできません。私がガムテープをはがそうとして手を動かすたびに、どうしても大山君に腕がぶつかってしまいます。それに、少し体勢を動かしただけで、大山君の柔らかいところがお腹に当たってしまいます。大きいので、どうすることもできません。


 私たちは顔が火傷してしまうほど恥ずかしい思いをしながら、時間をかけ、やっとの思いでクローゼットから脱出することができたのでした。クローゼットの外に出ると、中がどれだけ蒸し暑かったのかが分かります。私は『はんてん』を自然と脱いでしまいました。ですが、私たちの体がポカポカと火照っているのは、必ずしも『蒸し暑さ』だけの問題ではないのでしょう。


 あのようなシチュエーションは、心臓にはあまり良くなさそうです。クローゼットを出た今も、私の心臓は音が聞こえるほど強く、『ドクン』『ドクン』と鼓動を続けるのでした。

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