第2話 伊達家伝来の刀

 巨妖鶴は両翼を広げ、咆哮しながら威嚇を始めた。その顔面は強い妖気に満たされていた。

「詮方なし・・・」

 男は手にしていた刀をすっと抜いた。その刀は鎌倉時代から続く武家伝来の刀。その武家とは奥州伊達家。刀の名は「燭切丸しょくきりまる」であった。

 その刀の鍔には伊達家当主の伊達政宗の眼帯がはめ込まれていた。「燭切丸しょくきりまる」は妖気に共鳴し、振動し始めていた。それはまるで、これから始まる斬撃に刀が興奮しているかのようであった。

「ふふ、殺しはせん。背後組織をきっちり調べるようにと、殿が仰せだからな・・・」

 男は刀を上段に構えた。

「クワアァァァァァ」

 鶴が叫ぶと部屋の妖気が機織り機に集まり、板の木目から瞼と唇が出現し、「機織鬼はたおりき」となった。ゆっくりと眼を覚ました機織鬼は自らふわりと浮かび上がり、男に襲いかかった。唇の中は牙が連なり、その奥は地獄の底につながっているかのように漆黒に満ちていた。

 しかし、男は素早く身をかわした。機織鬼は激しく床に衝突してめり込んでそのまま静止した。今度は空中に漂う蛇芯棒じゃしんぼうが次々と男に襲いかかる。

 蛇芯棒は、強い妖気を帯びた状態で男の心臓を狙って飛び交っていた。そして、男がすれすれのところでその攻撃をかわしたが、頬に鋭い切り傷ができた。真空の刃物。かまいたちか?いや、蛇芯棒から妖力を帯びた絲が垂れていた。

 しかし、男は気づいた。空中を飛び交う芯棒はヘビのような不規則な動きをしていたが、左右に一定周期で動いているだけでよく見ればかわすのはたやすい。男は慎重にかわしながら目の前の妖鶴に向けて踏み込もうとした時だった。空中を飛び交う蛇芯棒たちは一斉に向きを変え、男に襲い掛かった。

「く、おのれ」

 男が燭切丸しょくきりまるを一振すると、飛来した芯棒はバラバラになって次々と床に落下。真上からの攻撃は手刀で払いのけた。しかし、右足が一瞬、何かの動物に掴まれて自由を奪われ、芯棒の一つはは男の背中を捉えて、肉の一部をえぐり取った。

「くっ、おのれ、他にだれかおるな・・・」

 妖鶴が次第に間合いを詰める中、男は目を閉じて、愛吾山大権現の神に祈り始めた。男の口にする呪詛の真言と気迫に押され、妖鶴が震え始めたその時であった。

「そこだ!!」

 男の右手から部屋の一角に向け、何かの鉄片が繰り出された。

「ギャアアぁぁ」

 男が繰り出したのは手裏剣であった。手裏剣は何もない空間に突き刺さり、そこから獣の叫び声が辺りに響きわたった。空間から現れたのは一匹の妖狸であった。妖狸の背中に手裏剣が突き刺さっていたのだった。

 妖狸は背丈一尺ほどで非常に小さい。赤いチャンチャンコを羽織っていて、倒れてもなおも手足を激しく動かし、もがいていた。

「おとなしくしろ。殺しはせんと言ったはずだ」

 男は狸からチャンチャンコを剝ぎ取って固縛すると、振り返って鋭く叫んだ。

「やめい!!!」

 男が大声を発すると、鶴は瞬時に攻撃をやめた。そして、みるみる小さくなり、ふたたび人間の姿となった。

「うう、どうかお許しを・・・」

 元の女の姿になった妖鶴は、ひざまずいて泣きながら許しを請い始めていた。

「お前が狸にあやつられていたことは以前からわかっておったわ!!」

 女は震える声で尋ねた。

「いったい、どうしてわかったのですか?」

 男は鞘で反物のかすりの文字を一行をなぞった。

「どうしてって、おぬしが反物にそのように書いていたではないか・・・」

 男の名は片倉景綱かたくらかげつな。通称、小十郎と呼ばれる人物で、伊達政宗の側近であった。

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