第30話 経験の果実② -コットン VS スライムスパイダー

経験の果実を実らせた巨木に向かう。


俺とジンが並走し、一歩遅れて後ろからフリスが追う形だ。

枝葉も巨大な幹と同じく広大で、しかし赤い果実が生っているのは幹に近い中心部のみ。


「できるなら敵に見つかる前に、経験の果実を取れればベストなんだが――――……」


………―――ギラァッ


外側の枝葉の真下を通過したその時、身を潜めていた蜘蛛たちが青白い目を一斉に向ける。


「やっぱ、そんなにあまくはねえか…………フリス!俺とお前はここでストップだ!」


「はいっ!」


「頼んだぞ、コットン!」


「おうっ!」


止まった二人を置き去りにして、蜘蛛たちの懐に飛び込んでいく。


「シャアアアァァーーッ!」


拳大ほどの蜘蛛たちが、俺を近づけまいと威嚇する。

百匹を超える蜘蛛の群れが起こすその声に、耳が割れそうになる。


「くうっ…!ジンから事前に聞いてはいたが、威嚇音だけで戦意が削がれそうになる……!」


それでも前に突き進む。

すると、突如、蜘蛛たちの威嚇がピタリと止んだ。


ジンの情報によれば、蜘蛛たちの行動パターンは3段階。


最初は枝の外端を境に侵入者として捕捉。


次に、音による威嚇。


そして――――


「ここからが本番ってわけか!」


ビュッ


一匹の蜘蛛から高速で何かが飛ばされた。

初速は性悪リスのクルミとほぼ同等。


「ふっ!」


だが、形状や回転の違いからかそれ以上加速することはなく、軌道が変わることも無いのでクルミに比べれば回避は容易い。


ビチャッと音を立てて蜘蛛が吐き出したものが、さっきまで俺が立っていた場所に着弾する。

それはまさしく、ジンが厄介だと言っていた粘着性の蜘蛛の糸だった。


蜘蛛と地面とを一直線に繋ぐ糸は、目を細めなくても見える程太い。

雨や風などで容易に切れたりするようなことは、まず無いだろう。


ビュッ シュパパッ 俺が回避した場所を目掛けて、次々と粘着糸が飛来してくる。

今のところ、この程度であれば避け続けることならば可能だ。


問題は、吐き出された後に残り続ける粘着糸の存在。

時間をかければかける程、蜘蛛の糸が増えて回避するためのスペースが削られ続けていくのだ。


その一本にでも触れてしまえば、たちまち糸に囚われて奴らの餌にされてしまう。


「ふぅぅぅぅー……」


蜘蛛の糸を躱しながら息を整えていく。 体中に酸素を行き渡らせて、力をため込む。


「シッ!」


一気に力を開放し、渾身の力で吐き出された糸のうち一本に狙いを定めて刀を一閃する。


が、しかし―――――。


「な、なんだと!?」


糸は斬れずに刀に押されて伸びるだけだった。


(バカな!?完璧だったはずだ!今の一撃で斬れないなんて………!)


予想外の事実に困惑し、思考が止まる。


ジュウ……


「―っ!?この粘着液は武器を腐食させるのか!」


急いで糸から刀を離し、刃の具合を確かめると、糸と接触していた部分が見事にボロボロにされている。


「くそっ、修復に魔力を3も消費した!」


もちろん、その間も蜘蛛からの攻撃が止むことはない。


(こうしてる間にも、ヒメカは力を蓄えてるかもしれない。一度引き返して作戦を立て直すことはできない。だが、この状況をどうやって………!)


思考をまとめきれないまま、蜘蛛からの攻撃を避け続けるしかなかった。


◆ 「ジ、ジンさん!コットンの刀がボロボロになっちゃいましたよ!なんなんですか、あれ!?」


離れて見ていたフリスが、苦戦しているコットンを見て焦りを露にする。

どこかでコットンなら難無くやり遂げるだろうと楽観してしまっていたのだ。


「あの粘着液は強い酸性なんだ。ああなるのも仕方ない」


「知ってたんですか!?どうして教えてくれなかったんです!?」


「………知っていたところで斬れなければどうにもならん」


「言い忘れですか!ポンコツですね、この人は!!」


「ぐっ……!」


事前情報の共有が無かったのはもちろんジンの落ち度である。


だが、ジンの言う通り、知っていたとしてもコットンが斬れるかどうかは別な話というのもの事実。


また一本。

さらに一本と、このやり取りの間に蜘蛛の糸は増えていき、コットンの行動範囲が狭められていく。


「何か、何かないのか………っ!」


「―――――!」


ジンはフリスの様子に思わず目を見開いた。


(引き返させろと喚くと思っていた。だがまさか、離れたこの位置からコットンの手助けになる突破口を見つけ出そうとするとはな!)


腕を組み口をへの字に曲げながら平静を装うのに苦労した。


コットンも一度の失敗で諦める様子はなく、フリスは自分のできることで勝利を手繰り寄せようと食い入るように見つめている。


(まったく、こいつら………っ!)


まだ年若い二人の頼もしさに、ジンの拳は硬く握られていた。

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