第28話 ヒメカ討伐への覚悟

「ジンさん」


ジンの気持ちが落ち着くのを待って、俺は声をかけた。


「……おう、すまんなっ。ちょっと気持ちが昂っちまった。で、なんだ?」


「協力するにあたって、どうしても聞いておきたいことがあって」


「……どうしてお前たちに声をかけたか、か?」


俺はジンの言葉に頷く。


ジンたちの悲劇から9年――――――これまでにも同志として目ぼしい囚人はいてもおかしくななのだ。

にもかかわらず俺たちに協力を要請したのはどうしてなのか。


仮にヒメカ打倒の同志になれる人物と出会えなかったとしても、それでも俺たちは年齢としてもダンジョンでの経験としても浅いと言わざる追えない。


「カッシーヴォを出し抜いたことで目をつけられるというのは理解できる………だけど、俺たちにそこまで期待するのは、早い気もするんだよな」


ジンに勝てたのはレベル差を利用した単なる力技で、ほかに戦闘らしい戦闘はしていない。

実績みたいなもので言えば、いきなり戦力として期待するのは疑問が残る。


「それは僕も気になっていました。コットンはまだしも、僕なんかは固有武器すら使えないんですよ?協力することに心変わりすることはないと思いますが、聞いておきたい点ではありますね」


フリスが俺に同意を示し、補足を加えた。


「まず一つ目だが、経験の果実を手に入れるためにコットンが必要だった」


「俺?」


「経験の果実を実らせる樹に巣くうスライムスパイダーという魔物がいてな?」


「うわー、名前だけでなんとなく話が見えてきた……」


「スライムスパイダーってのは、打撃が効かねえ上に粘着糸を吐く厄介な奴なんだ」


「……ますます嫌な予感しかしねえ……」


「大丈夫、クルミを斬れる奴ならアイツも斬れるはずだ…………多分」


「ちくしょうっ、不安しかねえ!」


話を聞いていてやりたくない相手だと思ったが、避けて通ることはできそうにないな。


「次にフリス。お前らに声をかけたもう一つの理由がお前だ」


「えっ、僕?」


突然話を振られてびっくりしているフリス。


「お前の使用できなかった固有武器………使えるようになってるだろ?」


「うっ……」


「しかも、物資の収納ができる能力を持っているな。しかも相当量を出し入れできると見た」


「うっ……で、でもなんでそれを……」


「カッシーヴォが目を離した隙に、魔石8,000個も出せる囚人なんて普通じゃないからな。収納系の能力に目覚めたと当たりがついた」


「ぐぅ……っ……」


図星を指されて言葉に詰まる。


まあ、カッシーヴォとの交渉場にジンはいたからな。

フリスの能力に気付く者もいるかもと思っていたが、ジンがそうなったか。


「俺の推測が当たっているとすれば、経験の果実を管理フロアに安全に、かつ確実に持ち込むための最適の手段となる。その点に関して、フリスはこれ以上ない味方だ」


「……………言っている事は、ものすごく理解できます……」


たしかに。


経験の果実を手に入れたとして、管理フロアに持ち込むのにもかなりのリスクがある。

あの、ゴブリン看守ヒゼンのボディチェックを搔い潜るのは難度が高い。


だが、フリスのマジックバック【魔神の胃袋】なら問題なく突破できるだろう。


「だがなぁ……」


ジンはそこまで言って大きく息を吐いた。


「本当は、そんなこと些細な理由なんだよ」


「どういうことですか?」


「確かに今のは協力を要請した要素の一つではあるが、


「というと?」


「俺がお前らに助けを求めた理由だが―――――お前らがおかしな奴らだったからだな!」


「……な、なんだとぉ?」


「変、ですか………?僕ら?」


「ああ変だ、断言するぜ。どっちも理由があったんだろうが、コットンは一年以上もゴブリンと仲良しこよしで暮らしたようだし、フリスは自ら奴隷になったっていう経緯がある」


「好き好んでやってたわけじゃねえよ!」


「右に同じです!」


「そう、まさにそこだ!誰もが諦めちまうこのダンジョンで、お前らは自由のために自分を曲げなかった!そんな異常な心の強さこそが、ヒメカの能力を跳ね返せる唯一の武器なんだよ!」


「「 ! 」」


ジンが俺たち二人に助けを求めた理由。

それは、俺たちがヒメカの能力に取り込まれるリスクが極めて少ないからに他ならなかった。


肩を並べてヒメカに相対していた仲間が、突如背中を襲う敵に変わる―――。


それはもはや戦況が変わるどころの話ではない。

作戦は失敗し、ジンも無駄に命を散らしてしまうだろう。


「……特にヤバいのは最近のヒメカだ」


ジンの声が一段と低くなる。

年々、ヒメカの他人を魅了し従属させる能力は強さを増してきているらしい。


「それって、接触した人が否応なくヒメカの手下にさせられるって事じゃ……!」


「その通りだ。かつては抵抗できた囚人も逆らえなくなってきてる。ヒメカに一度会っただけで取り込まれる奴も出てくる始末だ。このままだと俺たちが行動を起こす前に、ヒメカは"完全な支配者"になっちまう!」


「なんてこった……」


できれば時間をかけて仲間を増やし、少しでも勝率を上げておきたかった。

だが、そんなことをしていれば、もっと取り返しのつかない事態に発展するしまう。


――腹を括るしかない、か。


「悠長に準備している時間はねえ………今が最後のチャンスだ!経験の果実を手に入れて、盤上をひっくり返す!」


フリスと互いに視線を交わす。


「やるぞ……!」


俺たちは、ヒメカを討つための覚悟を決めたのだった。

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