第27話 ジンの過去 後編 -友を殺した拳-
魔物からだってあんな殺意を受けたことはなかったぜ、と続けるジンの顔は、今にも地に沈みそうなほど暗く寂し気だった。
「それで、そのカシムさんは今どうしている―――――」
「―――俺が殺した」
「「――――ッッッ」」
俺とフリスが同時に息を呑む。
「あいつは話し合いができる状態じゃなかった。殺さないように手加減できる相手でもなかった。俺は
ジンは親の仇でも見るような目で、自分の拳を睨みつけた。
「……今でも、カシムの命の感覚が、ここに…………っ!」
ジンは気持ちを抑えきれず、ゴツンッと近くの木を殴りつけた。
辛い過去を振り払うようにぶつけた拳のその音は、とても鈍く重いものに聞こえる。
◆
ジンたちが翻弄されている間も、ヒメカは影で暗躍していた。
固有能力を使って着々と足場を固めていたのだ。
「あのクソ女は俺たちのほかにも、実力のあるチームに取り入って魔石をため込もうと動いてやがった」
アプローチをかけて内部分裂をけしかける。
その結果、ジンとカシムのように殺し合いをする者が多発した。
特に男女混合のチームを組んでいる者たちは悲惨だった。
自分の男を寝取られた女性囚人が発狂し、能力を使って誰かれ構わず手当たり次第に暴れた。
ケガだけでは済まず死んでしまった囚人もいたらしい。
収集がつかない事態に場は騒然としていたが、ヒメカが機を狙ったように現れた。
その女性囚人をヒメカ自らが討伐し、英雄にでもなったような振る舞いまでをし始める。
「そんなの、誰も英雄扱いするわけないじゃないですかっ。原因がヒメカさんにあることくらい子どもだって分かりますよ?」
フリスの問いに、ジンは舌打ちをする。
「単純にそうならないのがヒメカの厄介なところだ。あいつに唾をつけられた奴は、その行動を信じて疑わなくなる。マッチポンプみたいなあからさまな功績であろうとな。まるで女神のように崇め始めるちまう」
「た、
確かに性質の悪過ぎる能力だ。
もはや洗脳と言ってもいい厄介さだ。
「おそらくヒメカはこのダンジョンの一番上に立つつもりだ。第2フロアの支配だけには留まらず、自分だけの国に作り変えるつもりすらある。あいつの支配欲には際限が見えない」
「ヒメカの国……」
一度、術中にはまってしまうと洗脳の深度が際限なく深まり、最終的に、爆弾を体に巻き付けて敵地に飛び込め、なんて命令すら喜んで受け入れてしまうヒメカの能力。
このまま力をつけ続ければ、あるいはそんなことも可能かもしれない。
「――コットン!フリス!」
考えに耽っていると、突然ジンが膝をつき頭を地に擦り付けていた。
「「ジンさん!?」」
突然の事態に困惑したが、ジンは構わず叫ぶように懇願する。
「俺はカシムの仇を討つ――――ヒメカを殺すっ!そのために、この階層に留まり機会を伺い続けた!
それを話した上で改めて頼む!」
「ジンさん……」
「……敵は手ごわい。やつは目的のために手段を選ばない悪辣さを持ち、看守と多くの囚人たちを従えて協力戦力も保持している。敵対すれば無傷じゃ済まないかもしれねえ………。だが、それを承知で言う!力を貸してくれないか!?カシムの………いや、俺たちの無念をこの手で晴らさせてくれッ!」
血が滲むほど拳を強く握り、叫ぶジンを俺は黙って見つめていた。
(俺がもし同じ状況だったら――。)
せっかく出会えた友であるフリスを殺さなければならないとしたら?
かけがえのない友を失うだけでなく、大切な人を殺した十字架を、背負って生きていかなければならないとしたら?
「………………」
横目で同じように黙り込んでしまったフリスを見た。
ジンの境遇を思って今にも泣きだしそうな顔だ。
きっと、俺と同じことを思っているのだろう。
こんなに心優しいフリスを殺すのか?
いや、できるはずがない。
それならその役目から逃げて、友殺しをフリスに負わせる?
ふざけるな。そんなのもっとダメに決まってる。
フリスが同じように俺を友と思ってくれているとしたら、俺を殺した十字架を一生背負わせることになる。
どっちにしたって救いなんてない話だ。
俺には到底耐えられそうもない。
だが、ジンは。
目の前で今も地面に頭を擦り付けて懇願しているこの男は―――9年もの間その罪を背負って生きてきたのだ。
(フリスを奴隷化していたカッシーヴォは、あれだけ幅を利かせていた。おそらく奴もヒメカの駒の一つだったに違いない。………ヒメカを倒さなくては、本当の意味でフリスを救ったことにはならないのかもしれない)
「フリス」
「コットン」
俺とフリスは目を合わせると静かに頷いた。
「協力するよ、ジンさん。あんたの事情は大方の予想がついていたけど、話を聞いて尚更協力したくなった」
「―――――ッ!」
「僕も同じ気持ちです。いまはカッシーヴォよりもヒメカの事が許せない!これ以上、ジンさんやカシムさんのような人たちが増えるのを許してはならないんだ!」
「おまえらっ………ありがとう…………ありが、とう………………っ!」
9年越しの復讐――。
ようやく巡ってきたそのかすかな希望に、ジンは頭を上げられず、ただ小さく肩を震わせていた。
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