第14話 密談 後編
「フリス」
俺は、フリスの境遇とそれに打ち克とうとする意志を聞き、少しの時間何も喋らなかった。
ある決意を固めるためだ。
「なんだい?」
不思議そうな顔をしているフリスの前に、剣を鞘から抜いて並べて置いた。
「この剣は君の固有武器……?」
「剣だけじゃない。こっちの鞘も俺が別で手に入れた固有武器だ」
「は?」
「俺の剣は、今の攻撃力が45、耐久値が98、魔石値は156。そして特殊能力は―――」
「んなっ!?ちょっ、ちょっとタンマ!いきなり何を言い出すのさ!?」
フリスは顔を青くして焦りながら俺の話を遮ろうとする。
「いいから、まあ聞いてくれ」
「良くないよ!分かってるのかい!?自分の固有武器の秘密なんか明かしたらダメじゃないか!他人に弱点をさらけ出すようなものなんだよ!?」
フリスは焦りを通り越して怒り狂っている。
「そうかもしれないが、俺の固有武器を喋ったところで別にお前が困る事じゃないだろう?」
「そういう問題じゃない!」
フリスは怒っていた。
つい昨日喋ったばかりの俺の事を心配して、だ。
多分、自分のこと以上に怒っている。
そんなフリスを見ていると胸のあたりが温かくなる。
まるでヘンプの旦那やオルケラさんのようだ。
「なあ、フリス」
「今度は何っ!?」
「俺と組まないか?」
「また君は変なことをッ―――――――――…………なんだって?」
感情が暴走しつつあったフリスは、俺の言葉に一気にボルテージを下げた。
何を言われているのか分からない、といった表情をして俺の顔を覗き見る。
「俺には君の力が必要だ。君は俺にはない知識をたくさん持っているし、それを元に常に冷静に物事を分析できる。そして、環境や境遇に流されずに目的に突き進む強い意志がある。そんな君が俺には必要だ」
静かに、だが力強くフリスに語り掛けた。
心に響いてほしくて、口調とは裏腹に大声で叫ぶような気持ちで言葉の矢を射った。
フリスは俯いて拳を握っている。
小刻みにと肩が震えているのが分かる。
「……僕をバカにしてるのかい?」
「そんなわけがないだろ?どうしてそんなことを思うんだ?」
「さっきからおかしいことばかり言うからさ!」
「どんなところがおかしいんだ?」
「簡単に固有武器の秘密を明かそうとしたじゃないか!」
「フリスだってそうだろ?自分の事をたくさん話してくれたじゃないか」
「君は特殊能力まで言おうとした!僕はそこまで話してないよ!攻撃力ゼロの取るに足らない相手だと思って侮っているんだ!」
「違うな。俺はフリスを信用した。だから話すんだ」
「それがバカにしてるって言ってるんだよ!ここまで僕の秘密を話したんだよ!?攻撃力ゼロで、しかも魔石を集め終わるまで使うこともできないポンコツな固有武器だ!そんな僕を誘うなんてバカにしてるとしか思えない!」
「固有武器で人の価値が決まるわけじゃない」
「そ、そんなことっ……!」
「何度も言うように、俺は君を仲間にしたいんだ。君の固有武器なんかじゃない。俺に必要なのはフリスという仲間なんだ」
「……だ、だ、だとしても…………だとしても!君が自分の秘密を話す理由にはならない!」
「なるさ。このままじゃフェアじゃないからな」
「な、なにを……」
「フリスにだけ秘密を話させて、俺が何も話さないのはフェアじゃないと言ってるんだ。あくまでも俺はフリスとは対等の仲間になりたいんだからな」
「――――っ!」
その言葉で、フリスは目に涙を浮かべた。
フリスが仲間に勧誘されて激怒するのは、本当は傷つきたくないからだ。
使用できないという特殊な固有武器を理由に、幾度となく辛い思いをしたに違いない。
そんな寂しくて苦しい経験をきっと何度も何度も味わったのだろう。
だが、これは同情なんかじゃない。
フリスを尊敬するからだ。
運命に立ち向かい、乗り越えようとするフリスを友にしたいと心から思ったからだ。
「………………」
「………………」
お互いの視線がぶつかり合う。
「本気なのかい?」
「本気さ」
「僕は囚人でありながら、同じ囚人に身売りまでしてる」
「想像はついてたよ」
「……本当に、本気なんだね?」
「ああ」
「僕は高いよ?カッシーヴォに魔石値10,000で身売りした」
「君を仲間にできるなら安いもんだ」
「………………」
―ようやくだ。
フリスは握りしめた拳をフッと開いた。
さっきまでのどこか張り詰めていた表情が無くなり、まるで幼馴染を相手にしているような穏やかな顔つきに変わる。
「できるだけ……早く頼むよ。契約とはいえ、カッシーヴォたちはダンジョンの帰りに魔石を一つ渡すだけ。毎回ストレス解消の道具扱いで殴られるし、正直ちょっとしんどいんだ」
クソ野郎が。
フリスを魔石1個の価値としか思ってないのか?
しかもそいつはその扱いを10,000日続ける気だ。
沸きあがる怒りを抑えて、努めて静かに話す。
「……ちょっとだけ耐えて待っててくれ」
「よろしくね」
俺たちはどちらともなく手を差し出し、互いに堅く手を握りあった。
その後、改めて俺は自分の固有武器についてフリスに話をした。
固有武器の二つ持ちなんて聞いたことが無い、とフリスは驚いていた。
特殊能力が進化であるということについても、何か縁をみたいなものを感じているようだった。
そして俺は、フリスの水筒が大容量の物資を収納できるマジックバックであることを聞かされる。
予想以上の規格外の能力に、またもや言葉を失ってしまうのだった。
お互いに固有武器の能力に驚いた後、気になっていたことをフリスに尋ねた。
「ところでフリス。もう一ついいか?」
「どうしたの?」
「お前、さっき『俺に恩が3つある』って言ってたよな?」
「ん?うん、そうだけど?」
「………全然、思い出せないんだが………お前、何か勘違いしてないか?」
俺がそう言うと、フリスは目をまん丸にした後、目に涙を浮かべながら大声で笑いだした。
「お、おいっ。どうした、フリス?笑ってないで教えてくれよ!」
「あははははっ!も、もういいよコットン。ほんと、君って……!」
尚も涙を拭いながら笑い続けるフリス。
「ったく………一体なんだってんだよ?」
俺は未だ終わりの見えそうもないフリスの笑い転げる様子を、頬杖をつきながらただ待っているしかなかった。
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