第3話 固有武器

「あのな…。だから、早く先に進めって言っただろう?」


「えっ、これって俺が悪いんですか?」


「当たり前だ!何を被害者ヅラして文句言っている!」


「えー…」




なぜか俺は狭い個室で『旦那』に怒られている。


――変異種ゴブリンを倒した後、俺は地下3階に上がるなり開口一番で『旦那』に文句を言った。


「旦那!さっき、最下層の地下4階でデカイ紫色のゴブリンが出ましてね」


「……なに?」


「なに、じゃないんですよ!ついさっき殺されそうになったんですって。あんな化け物出るなんて聞いてないです!」


俺がそう言うと、『旦那』は俺が持っているものをチラリと見て溜息をつき、立ち上がった。


「はぁ…お前、ちょっと来い」


「えっ?」


「いいからついてこいと言ってるんだ!」


「…分かりました」


そしてついてきた先は、警察の取調室のような狭い個室だ。



……警察?取調室?

なんだ、それは?なぜ俺はそんなことを知ってるんだ?



「まあ、座れ」


「はい…」


「あのな…。だから早く先に進めって言っただろう?」


「………えっ?これって俺が悪いんですか?」


「当たり前だ!お前が一年間もノロノロと最上層なんかにいるからこんなことになったんだ!何を被害者面して文句言っている!」


「えぇ…」


情報が間違っていて死にそうになったのに俺が怒られている。

こういう場合は理不尽という言葉を使うのが正しい。


「でもですね!あんな化け物が出るなんて聞いてないんです!」


「当たり前だ!お前が倒したのは総経験値が100,000Ptになったら出てくる変異体なんだ!最上層にあたる地下4階で変異体が出るなんて前代未聞だぞ!」


「そ、それ聞いてない…!」


「言ってないからな」


「じゃあ、やっぱり……!」


「だが、ここにお前が来た時に言ったはずだ。『地下10階で大事なことがある』とな」




――――あ。




「思い出したようだな」


「で、でも!それなら最初に説明してくれたら良かったじゃないですか!」


「あのなぁ。お前は囚人なんだぞ?俺たちはお前たち囚人が規律を守れる奴なのか、更生の余地があるかということを見極めなきゃならんのだ。ちゃんと俺たちのいう事を聞いて地下9階を目指すなら良し。だと言うのにお前というやつは…!」


「うっ…」


忘れていた。

いや、忘れていたわけではないが、自分の記憶が無いのを良いことに囚人であるという自覚がほとんどなかった。


人の話をちゃんと聞いてなかったツケが回ってきたのだと、ようやく反省する気になってきた。


「お前は死にそうになったと言っていたな?だが、俺たちの言う事を聞いて下層を目指していればほとんど苦も無く変異体を倒すことができるんだぞ」


「ど、どういうことですか?」


「変異体の魔物は例に洩れず経験値が100,000Ptを取得した時点で出現する。こいつからは逃げることはできない。だが、それはたいして問題にはならない。大体の奴は地下10階で一気に100,000Ptに到達するからだ」


「…よく分かりませんね。なぜ地下10階に行けば大した問題じゃなくなるんですか?」


「地下10階で出会うボスの経験値が80,000Ptもあるからだ」


「は、80,000Pt!?」


「順調にいけば、そのボスを倒した時点でレベルが15くらいまで上がる。そのレベルアップで大幅に身体能力が上がり、変異体ともそれなりに安全に闘えるようになるんだ。だから、早く先に進めって言ったんだ」


「うわぁ」


一年間も俺は無駄な努力をしてきたのか?

同期の奴らはさっさと先に行ってしまったし、毎日朝晩、まったく同じ食事を続ける必要もなかった。


本当に人の話はちゃんと聞くべきだった…。


打ちひしがれていると、『旦那』は呆れたように一つ息を吐いて「ところで」と話題を変えた。


「お前が今持ってる、それ。変異体を倒した時に出てきたんだろ?」


『旦那』はそう言いながら、俺が抱えている一振りの剣を指す。


「そうです。変異種のゴブリンを倒した時にこれが残されていました」


あのとき、変異種ゴブリンの首をはねたあと、へたり込んでその死体を眺めていた。

すると霧が払われていくようにその死体がゆっくりと消えたかと思うと、この剣が残されていたのだ。


長めの柄に厚みのある刃。片手でも両手でも扱えそうな、ずっしりと重い剣だった。


「ふむ。バスタードソードのようだな。両手でも扱えるように柄が長めにできているな」


「バスタードソード………これは一体なんなのでしょう?」


「……まさかここで、この説明をすることになるとは思わなかったな」


ガシガシと頭をかきながら、またもや『旦那』はため息をつきながら「いいか、良く聞け?」と言ってこの監獄ダンジョンの仕様を説明してくれた。


それによると、地下11階、12階、13階もここと同じように居住空間となっているらしい。

そして、そこでは安全は保障されているが、ここと同じように戻った時にそれまでに得た経験値が全て吸い取られるようだ。


レベルは振出しに戻る。

しかし、進めば進むだけ魔物はどんどん強くなっていく。


「そ、それじゃあ、いつかは倒せない敵が現れてどん詰まりになるじゃないですか!」


「そうだな。だが、そこでこいつが必要になる。この剣がお前の【固有武器】だ」


「固有武器?」


「そうだ。このダンジョンには特殊な仕組みがある。地下14階以降、魔物が落とす魔石を使えば固有武器を強化できるんだ。しかも、固有武器の強化値だけはリセットされない」


「リセットされない……!」


「そうだ。お前がどれだけ経験値を吸い取られても、この剣は強くなり続ける」


つまり――レベルがリセットされるこの監獄でも、変わらない成長があるということ。


「……良かった」


身に付けた戦闘技術と、この武器の強化。無駄なことなんてなかったんだ。


『旦那』は呆れたように肩をすくめると、俺を見てふっと笑った。


「ともかく、ここにお前がいる理由はもう無くなった。さっさと先に進め」


俺はこれまでやってきた努力が実を結ぶ実感を噛みしめた。



ふと気づいた。


「それじゃあ……『旦那』に会うのも最後になりますね」


俺がそう言うと、『旦那』は今まで寄りっぱなしだった眉間の皺を開いて、珍しく優しい表情を見せた。


「そういうことだな。地下10階までは魔石は出ない。ここにいても武器が強化できないということだからな。俺の役目はここまでだ」


「今までありがとうございました!」


「……まったく、ようやく肩の荷が下りる」


「えっ?」


「普段の素行は悪くないくせに、まったく俺の言う事を聞きやしない問題児。早く先に進んでくれと、この一年おまえのことを考えない日は無かったぞ」


「す、すみません」


「まあいい。とにかく今日は疲れただろう。早く休んで明日に備えておけ」


「分かりました。本当にありがとうございました、『旦那』!」


俺は勢いよく頭を下げて立ち上がる。


「………なあ、コットン?」


「なんです?」


「お前、俺のを知ってるか?」


ギクッ!?

最後の最後になんて質問を…。


「な、なんですか急に?知ってるに決まってるじゃないですか……」


「じゃあ、言ってみろ」


視線が痛い。

冷汗が止まらない。


「デンブさん………ですよね?」


「で、臀部デンブじゃねえ!ヘンプだ!誰がケツだよ、この野郎!どうりで一年も『旦那』呼ばわりしてきたわけだ!許さねえぞ、コットン!」


「ひぃいいいぃい!ごめんなさーいッ!」


怒り狂う『旦那』――いや、ヘンプさんを置いて俺は一目散に部屋から逃げ出した。

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