第14章「失われた記憶と残された感情」(2)

「ごめん……俺、本当に思い出せない……ユキ……ナツミ……コウタ……分からない……!」


 シンは酷い頭痛に顔を歪め、声を詰まらせる。

 ユキが涙声で「あなたは……白山シン。私たちと……同じクラスの仲間で……」と説明しようとするが、途中で泣きそうになって言葉にできなくなる。

 ナツミが「もういいよ、ユキ……シンが少し落ち着いてから話そう」と優しく声をかける。


「うっ……ありがとう……」


 ユキは唇を噛みながら、シンを支える腕に少し力を込める。

 シンはその温もりを感じているのか、「不思議だ……知らないはずなのに、ユキのこと……なんだか懐かしい気がするんだ……」とかすれる声で言う。


「そうだよ、そりゃあ懐かしいに決まってる。お前、ユキと色々あったじゃんか!」


 コウタが涙ぐむように強めの口調で言い、ナツミが「コウタ、もうやめなってば。シン覚えてないんだから」と制する。


「ああ、悪ぃ……」


 コウタが目を逸らし、「でも、俺だって悔しいんだよ。シンが全部忘れちゃうなんて……」と声を落とす。

 ナツミはしんみり頷き、「うん……ほんとに悔しい。だけど、あたしたちが覚えてる限り、シンはシンだよ。……そうでしょ、ユキ?」と話を振る。


「……うん、わたしが……覚えてるから……シンを……」


 ユキはぎこちない笑みを浮かべ、「忘れさせたり……しない……」と決意を滲ませる。

 シンは痛みに耐えながらも、ユキの言葉を聞いて「ありがとう……本当に、ありがとう」と震えた声を返す。


 ところがその刹那、ユキがビクッと身体を弓なりにして「嫌……聞きたくない……!」と叫んだ。

 コウタとナツミが同時に「どうした!」と声を上げる。ユキは頭を抱え込み、「みんなの……心配とか……恐怖とか……詰め込まれて……頭、はち切れそう……!」と激しく喘ぐ。


「ユキ、落ち着け、力抜いて……!」


 ナツミが必死に呼びかけるが、ユキは掻きむしるように頭を抱え目に涙を溜める。


「こんなに……悲しいのに……私……どうすれば……!」

「ユキまで壊れちまうのか……!?」


 コウタが歯を食いしばり、シンは混乱しながらも強く抱き寄せる。


「大丈夫……だよね……俺、何も覚えてないけど……ごめん……」とわけの分からない慰めを口にする。

 ユキは涙目になり、「謝らないで……! あなたが記憶を失うの、私だって辛いのに……!」と嗚咽を上げかける。


「あっ……足音が……こっちに来るかも……」


 コウタが舞台裏の扉を見つめ、「やばい、誰か来る!」と緊張を走らせる。

 ナツミが「隠れるよ!」と小声で合図し、シンとユキを抱えながらカーテンの奥へ移動する。

 わずかにドアが開き、外部からスーツを着た男の姿――研究員らしき人物が覗いているのが見えた。


「……こっちにはいないか」


 男は低い声で呟き、すぐに立ち去るが、その気配は明らかにシンたちを捜していた。

 ナツミが息を殺して「やっぱり……研究所の連中が本格的に動いてるんだ……」と戦慄する。


「……やっぱり、ここにいるのは危険……出よう……」


 ユキが頭痛をこらえながら提案する。

 シンは何もわからないまま「うん、行く……」と頷く。

 コウタが「保健室に行くのは論外だし、先生も信用ならない……裏口から逃げ出すしかねえだろうな……」と歯を食いしばる。

 

ナツミがうなずき、「そうしよう……」と賛同する。


「……逃げる? 俺たち、どこへ……?」


 シンが呆然と問うと、ユキは「わからない……でも、とにかくここにいても研究員に捕まるだけ……」と顔を曇らせる。

 ナツミが「うん、外に出れば、人混みに紛れられるかもしれない。もう文化祭は滅茶苦茶になっちゃったし……」と唇を噛む。


「ごめん……せっかくの文化祭なのに……」


 ユキがうつむく。

 普段感情を表に出さない彼女が、ここまで弱音を吐くのは珍しい。


「仕方ないよ……シンやユキが壊れるより、文化祭が壊れるほうがずっとマシだって、あたしは思う」


 ナツミが毅然とそう言い、コウタが「そうだな。シンとユキを守れるんなら、祭りなんて……」と強い口調で同意する。

 ユキはほんの少しだけホッとした表情を見せる。


「じゃあ、行こっか。裏口から一気に抜けるよ」


 コウタが立ち上がり、シンを半ば引きずるように起こす。

 ナツミはユキを肩で支え、「ゆっくりでいいから、足元気をつけて」と誘導する。

 ユキは「ごめん……」と何度も呟きながら頷くのだった。

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