お祭り屋台は恋のキューピット

睦月椋

お祭り屋台のキューピット

 私は、今まで彼氏ができたことがない。

 まわりのクラスメイト達は、彼氏ができた、彼女ができたとよく恋バナをしているが、私にとっては無縁の話題だ。


 いつも私は聞き手に回って、友達の恋バナに対し、まるで赤べこのようにウンウンと相槌を打つだけ。

 そんな、モテない歴イコール年齢の私は、せっかくの夏祭りだというのに、なぜか父親とお祭り会場を歩いていた。


「ねぇ、なんでお父さんがついてくるわけ?お父さんと一緒に夏祭りに来る女子高生なんて、誰かにバレたら恥ずかしすぎるんだけど」


「友達が、夏風邪ひいて来れなくなっちゃったんだろ? 1人で回るよりはいいじゃないか」


「1人よりは寂しくないけど……」


「それなら文句を言わない! お父さんと来るのが嫌なら、彼氏でも作りなさい」


「それができるなら苦労しないよ」


 どうせ男の人と歩くなら、彼氏が良かった。

 どうして父親……。しかも普通のオジサンと、夏祭りを楽しまなければならないのか。

 私は深いため息をついた。


 綿あめを食べながらしばらく屋台を見て回っていると、父親がふと立ち止まった。


「ほらこの屋台、見てごらん」


 指をさされたので見てみると、そこはアクセサリーの屋台だった。

 いかにも安っぽい感じの、無駄にキラキラ光るアクセサリー。

 でも、私はアクセサリーを見るのは嫌いじゃないから、屋台に一歩近づいた。

 すると父親が、私の耳元でこんなことを言った。


「知ってるか? 幸せになれる屋台の噂」


「何それ?」


 私がきくと、父親は得意げに話し始めた。


「職場の人に聞いたんだ。お祭りに出店している不思議な屋台で、アクセサリーを買って身につけると、幸せになれるっていうんだ」


 私は思いきり顔をしかめてしまった。

 とても胡散臭い。

 でも父親は、いぶかしがる私の様子なんて気づかずに、屋台のアクセサリーに手を伸ばした。


「すみません、これ下さい」


「はいよ! まいどあり」


「え、お父さん!」


 商品を受け取った父親が、私の手にそれを押し付けてくる。


「そのピンキーリングを身に着けていれば、彼氏ができるかもしれないぞ」


ピンキーリングを、小袋から取り出してみる。

 真っ赤なハートモチーフが付いた、子供っぽいデザインだった。

 おまけにハートに矢が刺さってる。

 もしかしてキューピッドの矢? はっきり言って、センス微妙。


「よりにもよって、どうしてこれなの?」


 私が不満を漏らしても、父親は知らんぷり。

 仕方なくそれを手に持ったまま、私は帰宅した。


 部屋に戻ってから、私は一応そのピンキーリングを小指にはめてみた。


「やっぱりダサイ」


 私はピンキーリングを抜こうとした。

 でも、おかしい。ピンキーリングが抜けないのだ。


「え? どういうこと?」


 何をどうやっても抜けない。私の小指が太すぎるわけじゃない。本当に抜けない!


「幸せになるどころか、呪いのピンキーリングじゃん!」


 一晩格闘したけど、結局ピンキーリングは抜けなかった。


 翌日私は仕方なく、ピンキーリングを付けたまま登校した。

 でも、生徒指導の先生に、あっさりと見つかってしまった。


「おい、何だその小指のリングは?早く外せ」


「外せないんです」


「意味不明なことを言うな!」


 生徒指導の先生は、とても厳しいし、しつこい。

 私の言うことを信じてくれるわけもなく、私は廊下で、20分くらいずっと叱られていた。


「先生やめてください、この指輪は本当に外せないんです!」


「そんなにオシャレがしたいのか? そんなことをするヒマがあるなら勉強しろ」


 他の生徒達が、私を遠巻きにに見ている。恥ずかしい。

 私だって、外せるものなら外したい。

 私が泣きそうになりながら訴えていると、後ろから足音がした。


「おい先公。そこまで注意する必要あんの?」


 そう言ってきたのは、ピアスをチャラチャラと沢山つけ、鋭い目つき、目元に喧嘩のあとなのか傷がつき、ペッタンこの鞄を持ちダボダボのズボンを履いた、不良系の男子生徒。

 確か彼は、1つ上の先輩だったはず。

 校則の厳しいこの学校で、唯一、ド金髪にしている。悪い意味での有名人だ。


「お前、またピアスなんか付けて!」


「今はその子の話してんだよ。指輪くらい、しててもいいだろ」


「よくない! 校則で決まってるんだ」


「校則校則って、うるせーなぁ。たかがアクセサリーだろ」


 先生の意識が彼に向いて、私は逃げられる状態になった。

 もしかしたら、彼はわざと、自らオトリになってくれたのかもしれない。

 もしそうだとしたら、なんて良い人なんだろう。

 私は彼に感謝しつつ、その場から走って逃げた。


 何とか無事に放課後がやってきて、私は校門前で待ち伏せをしていた。

 廊下で私を助けてくれた先輩に、お礼を言うためだ。


(彼、ちょっと不良っぽそうだけど、カッコよかった。うう、まだドキドキしてる……)


 そんなこんなで待ち続けていると、彼が玄関から1人で出てきた。

 私は勇気を出して、校門の陰から飛び出した。


「あの! 昼間はありがとうございました」


「ん? ああ、あの時の……」


 彼は私の顔を覚えていた。それだけでも少し嬉しい。

 やはり少し不良っぽいけど、話していて嫌な感じではない。


「すごく助かりました。私の気のせいでなければ、私を助けてくれたんですよね?」


「ば、バカ言ってんじゃねーよ。あの先公が気にくわなかっただけだ」


 彼は少し気恥ずかしそうに、私から目を背けていった。

 不良で怖そうな見た目だけど、照れている姿はちょっと可愛い。

 私、今まで意識したことなかったけど、意外とこういうタイプの男の人が好きみたい。

 そう気づいたら、私の口は勝手に動いていた。


「一緒に帰ってもいいですか?」


 突然の誘い……というかお願いに、彼は一瞬驚いたようだった。

 でも、少し考えたあとに頷いてくれた。


「ほかに用事もねーし。一緒に帰るくらいなら別にいいけど」


 そして私は、彼と一緒に帰った。

 彼の家が私の家の近所なことを知り、また少し嬉しくなってから、お互いのメアドを交換してから別れた。


 その日から、私は彼ととても仲良くなった。

 私は、相変わらず小指にはまったままのピンキーリングを見て、「幸せになれるっていう屋台の噂は本当だったのかも」と思うようになっていった。


 そしてとうとう、2人きりでデートをする日がやってきた。

 人生初の、男の人とのお出かけ。

 待ち合わせ場所に行ってみると、なんと彼はもう来ていた。


「来るの早いですね」


「遅刻なんてしたらカッコ悪いだろ。よし、行くぞ」


 その時彼は、さりげなく手を繋いできた。

 男の人と手を繋ぐなんて、もちろん初めての体験。

 ドキドキが止まらなくなった。


(どうしよう、これじゃあ本当に恋人同士って感じ……!)


 彼がさらにギュッと手を握ってきた時。

 彼の指に、何かがはまっていることに気がついた。


「え?」


 気になって彼の手を見る。

 彼の小指には……。ピンキーリングがあった。

 彼は私の視線に気が付いた。


「どうした? 男がピンキーリングなんてしてたら変か? 俺は意外とおまじないとか信じるタチだからよ、噂の屋台でピンキーリングを買ったんだ。幸せになれる屋台の噂、お前も知ってるか? 半信半疑だったけど、俺はお前とデートできて幸せだから、本当だったのかもなぁ」


「あれ? このピンキーリング、私のと同じ!?」


「ん? もしかしてお前のも?」


なんとビックリ。

彼が小指にしていたのは、赤いハートに矢が刺さったデザインの、私のと全く同じピンキーリングだった。


「私も屋台の噂を聞いて、その屋台でピンキーリングを買ったんです」


「マジかよ。信じられねぇ。偶然だな。いや、あの屋台が本物だったなら、偶然じゃなくて必然だったのかもな」


 2つのまったく同じピンキーリング。

 私はこのピンキーリングのせいで先生に叱られていたから、この指輪のお陰で私は彼と知り合いになれたんだ。


「っていうことは、あの先生が恋のキューピッド?」


「よせよ、あんな先公がキューピッドとか。キューピッドはもっと可愛いだろ」


 先生がキューピッドかどうかはさておき、私と彼がピンキーリングのお陰で幸せになれたのは確かだ。

 あの屋台は、また来年もお祭りに現れるのだろうか?

 来年は、彼と一緒に、夏祭りでその屋台を探したい。


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お祭り屋台は恋のキューピット 睦月椋 @seiji_mutsuki

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