白眉①
・ピッチャーとバッターが1対1で対戦する。
・ピッチャー側は球種などに制限はなし。通常の野球のルールにのっとって硬球を投げる。
・バッター側はフェアグラウンドの外野地点へボールを落とす、ないしホームランで勝利となる。
・ピッチャーは三振あるいは内野へのゴロ・フライで勝利。投球後は通常の守備と同じく打球を処理してかまわない。
・四死球ボークなど打者を出塁させるような行為はピッチャーの敗北。
・『ストライクあるいはボールの判定』、『スイング』、『打球がフェアかファウルか』など微妙な判定については選手それぞれのスポーツマンシップに則るものとする。
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夜である。
私立西之園学院、野球部の練習グラウンド。
今日は練習が休みなので人影はない。
『バットマン』がつけた照明によりグラウンド全体は闇の中に煌々と輝いていた。
ほとんど無人のグラウンドに立っているのは二人。
バットをかつぎ相手を凝視している『バットマン』と、
左利き用のピッチャーグローブを持つ『エース』。
『バットマン』は右手を押さえた。先刻相手を殴った右手を。
『エース』の顔にはうっすらとアザがうかんでいる。年下の男に殴りつけられた傷だ。
なにがあったかを端的に説明すれば、喧嘩で生じた遺恨を野球で解消しよう。そういう目論みの対決である。
『エース』は口を開く。
「知ってるぜ。うちの学校の理事長の息子なんだってな。
『バットマン』は答える。
「だからどうした?」
「いや、その割にヤンチャなんだな。俺のこと殴りつけるし、勝手に練習グラウンド使って戦おうだなんて」
「……いいから早く投げろ。口だけか?」
『エース』はうなずくと、手にもったボールを——
まるで糸がひくかのように眼にも止まらぬ速さでアウトローに——
決まらない。ボールだ。
「ボールだったな」
そう投げた投手自身が認める。
初球は様子見だ。振る気満々だった『バットマン』は殺気を削がれた形になった。
ホームプレートに身体をかぶせるように構えている『バットマン』。死球のリスクを鑑みぬそのバッティングフォームそのものが彼の性格を表している。
決死。
(絶対に逃さない。今日俺がこの人を打たなければまた逃げられてしまう。この人を絶対野球部に戻してみせる)
「オラ!!」
そんな叫び声と共に投じられたのは2球目はカーヴ、鋭く落ちる!
『バットマン』は見送る。手が出ない。
『エース』はマウンド横においたカゴから次のボールをとる。
「あ〜? いちいち判定するのがうざいが——」
「今のは低めいっぱいに決まってる。
3球目はストレート、今までにないほど浮き上がる球道、このボールを隠していたか!
『バットマン』は自分自身がバットになるがごとく叩きつけたが押し負けファウル。これが実戦ならキャッチャーフライになる、そういう位置にボールが落ちた。
4球目は見送った。ボール。
あきらかに『エース』有利に事が運んでいる。
『バットマン』は手にした金属バットを握りなおす。
今日は練習がなかった。体力は十分に残っているはず。
強豪校の野球部で2年生ながら4番を張っている自分が劣勢……。
前に飛ばすこともかなわないだと……。
「燃えたぜ……」
そう言い捨て『エース』は投球動作に入る。
過去形の勝利宣言。
つまり次で勝負が決まる。
ストレートの握り。
つっこんだ構えの『バットマン』は勝負を優先しバットをわずかに短く持つ。
「行け!」
そう叫んで一閃したバット、高く響く打球音、ボールが飛んだ先は、
レフトポールの左に着弾する。惜しくもファウル。
『バットマン』は敵の意図に気づいた。今のは打たされたファウル。
ストライクゾーンにボール一個分内側に入った。あれはヒットにできないボールだ。
今のスイングで『バットマン』はエネルギーの残量を使い切っている。
この対決の数十分前、彼は路上で男を10人ほど殴り倒していた。
『エース』のボールを打つためにはベストスイングが必要。もうそのための力が彼の身体には残っていない。
人体を殴った拳には握力が足りないのだ。
『エース』は急いでカゴから次のボールをとりだす。
「今気づいたか。もう遅いぜ」
攻め手・打者は5球目で勝ちにいくつもりだったが、
守り手・投手は6球目で勝つために状況を整えていた。
『バットマン』が呼吸を整え体勢を取り戻す前に、
『エース』の投球。鋭く落ちるカーヴが今度こそ、
打者の首を斬りつけた。切断。空振り三振!!
勝負の焦点を誤認させた『エース』の勝利だ。
身体全体をツイストし振り切った『バットマン』は、勢い余ってバッターボックスで倒れ伏せた。
グラウンド上で相手を見上げる彼はこうつぶやく。
「や、野球って楽しー……。どうです先輩、俺と同じチームでやりませんかぁ。絶対楽しいっすよぉ」
「人のこと殴っておいて勧誘するんじゃねぇよ」
どうしてこの二人が喧嘩をしていたかというと説明が長くなるので次回を待ってもらいたい。
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