辺境の王④
「俺たち
甲子園出場を決めた野球部の健闘を讃える祝勝会が校舎の一角で行われていた。
最初にスピーチするのがチームの監督でも主将でもないことに誰も指摘しない。選手もその保護者もマネージャーたちも応援してくれた生徒のみんなも納得している。
それにしても——マイクを使っていないのによく響く声だ。
「俺たちの目標は全国制覇! 三年前、俺たちは全中(全国中学野球大会)で準優勝した。惜しくも初優勝という偉業を成し遂げることはできなかったが——『頂点の景色』を垣間見ることに成功した。その三年前の忘れ物を今から獲りに行く!!」
力強くうなずく部員たち。
このチームのレギュラーのほとんどが曜一朗と同じ地元の公立校、
西塔曜一朗という男に憧れ、励まされ野球を続けてきた彼らが野球部の主力となり、今日までの如月東を支え続けてきた。
三年前全中
「今度は準優勝じゃ済まさない! 全国が俺たちの洗礼を受けるときがきた!!」
三年前に全国で準優勝したあのチームが、前回以上の高みを目指そうとしている。
「もちろん負ければ終わりのトーナメントだ、そこを勝ち上がる難しさ、厳しさというものを俺たちは知っている! 連戦で疲労し普段容易にできるプレーができない、怪我人も出る、勝つために全力を出し尽くし、あらゆる策を講じ、そして一戦一戦勝ち上がっていくたびに戦う相手は強くなっていく。それがどうした!!」
ここ数週間行われた県大会ですらこの事実を実感できた。現に投手が僕一人になるまで追い込まれていたわけで。
およそ一週間後に始まる全国大会。一回戦から決勝戦まで最大六試合をこなすことになるこの大会では、もっと恐ろしい試練が待っていることだろう。
「全国で戦う相手には一五八キロのストレートを投げるあのピッチャーもいる! センバツでノーヒットノーランを達成したあのピッチャーも!! 逆方向のスタンドにホームランを叩きこんだあのバッターも!!! そいつらは全員俺たちが打ち砕き俺たちが抑える。如月東が。そうだな!!?」
曜一朗は並んだ選手たちにむけて腕を振る。
「「「「「「「「応!!!!!」」」」」」」」
「応……」
チームメイトたちに一拍遅れて返事をしてしまう僕。
曜一朗はそんな僕を見てうなずいた。
「俺と同じ高校に進学することを選んでくれた
レギュラーと控えの区別はない。曜一朗を中心としこのチームは一体となっていた。
すべては甲子園のために。
「優勝への道は俺が切り拓く。俺と……あ、監督!!」
「今さら僕!??」
「『千里の馬は常あれど、伯楽は常にあらず』と言います。優れた選手がいても正しく導く者がいなければ勝利はありえません。如月東が県大会を制することができたのも、そして全国で勝てるチームに仕上げることができたのもすべて監督のおかげです」
「曜一朗くぅん……。リアルだとスパチャってどうやって送ればいいの?」
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監督が音頭をとり缶ジュースで乾杯する。この人は今日だけで何本飲んでいるんだろう。
場内で一斉に雑談が始まった。今日までのことと明日からのことだけで話題は尽きないはずだ。
数分後、曜一朗に声をかけられた。
「此村、浅瀬で溺れちまったな」
「浅瀬?」
「
仮に若宮が全国大会に出場したとしても、その戦力は誰が査定しようと『C評価』にすぎなかっただろう。初戦敗退が関の山だ。
「正論……ではありますが」
今日の勝利に酔う学校関係者の面前でそんなことは口にできないか。
大言を口にしたが現実も見えている。本当に高校生かこの人。
「全国で勝つために必要なことはなんだと思う?」
「僕が最高の選手になればいいんですよ」
投手が自分のボール以外のなにに頼るというのだ。
「……正解を即答された。こちらとしては困っちまったな」
「だってそうでしょう? 僕がゼロに抑えればもっと楽に勝てた」
「全国には俺を打ちとれる投手もいるはずだ。今日みたいに打ち勝てるとは限らない」
「僕は僕のピッチングを信じられるようになったんです。今日初めて。野球歴五年で初めてのことです」
「速攻で進化できるか? 全国まで一週間ちょいで」
「できますよ。OBの西塔さんと違って僕は若いんで成長が早いんです」
曜一朗は僕のジョークを笑って許してくれた。胸を軽く小突かれた。
「西塔さん。あの第1打席、ホームランを打ったボールがインコースにくるとわかってましたね?」
「ああ。技術だけでは足りない。狙って打たないとあそこまで飛距離はでないよ。なぜ第1球にインコースがくると予測できたかわかるか?」
「……前の打席に僕がデッドボールを受けたからです。前の打者がデッドボールで出塁した場合、次の打者には外のボールを投げるのが定石です。自分に悪意がなかったことを審判に伝えるため」
「だが勝ち気な性格の金平は続け様にインコースに投げた。本来コントロールに優れた金平だからこそ、デッドボールのリスクなくインコースに
曜一朗は戦術眼にも優れている。この人が打てないピッチャー……本当に全国にもいるのだろうか?
スマホで検索してみた。彼の名前をSNSで調べてみるとやはり今日の試合動画が大量にアップされリプライと転載を繰り返されている。場外ホームランプラス幻のサイクルヒット、そしてチームを全国に導くサヨナラタイムリー。やはり話題にならないはずがないか。
『辺境の王』はもはや無名の存在ではなくなった。
全国では『名前のある怪物』として試合に出場することになる。
僕はスマホの画面を見せながら問いかけた。
「どう思います?」
「……俺が勇名を馳せることなどチームが勝ち残ることに比べたら微小な価値しかない。俺が打ってチームが負けるより、俺が打たずしてチームが勝つことのほうが大事だよ」
やっぱりこの人は本物だ。
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……みんな集まってで騒ぐのが苦手な僕は、祝勝会場を一人後にし家に帰ろうとした。
自転車に乗った僕に話しかけてきたのは、またしても彼女だった。
「此村さん、変わりましたね。昨日とはまるで別人です」
「結果は人を変えるんですよ。僕自身が変わったというよりも、周りの人間の評価が変わった。僕がレギュラー入りしたときに妬んでいた、疑問視していた一年生がみんな僕を尊敬の眼で見るんですよ! たった数時間で僕の価値が上がったみたいに。そんなことはない。試合に出て急に強くなったんじゃない」
そんな、ゲームじゃないんだから。
「あなたはもともと優れた選手だった。試合でその実力を発揮しただけだったと」
詩咲は僕が言って欲しいことを口にしてくれた。この人は僕に対していつもそうだったが。
「僕は野球選手として、西塔さんみたいにわかりやすく価値をしめせない。そりゃ、あの人みたいにボールを遠くまで飛ばせば誰がどう見たって逸材だってわかりますよ。僕は違う。僕は遅い」
今日は最速でも一二〇キロでなかったんじゃないだろうか。それくらいには遅い。全国で上位の連中と比べたら大人と子供ほどの差がある。
それでも僕は自分の才能を認めている。認めてしまっている。
「僕は試合で投げているとき、恥を感じているんですよ。誰も僕の野球を信じないから。劣っていると思われている。味方なんて自分一人。そういう逆境に追いこまれているわけです」
「苦しいですか?」
「だからこそ容赦なく対戦相手を叩き潰すことができるんです。勝つためにならなんだってできる。僕は今日相手にボールぶつけられましたけれど、僕があの投手——金平さんの立場だったら同じことをしたかもしれない」
「相手に怪我をさせて勝つと!!? そんなこと……」
詩咲は端正な顔立ちを傾け、僕の表情を覗きこむ。
「僕は自分のためにプレーする。その点はきっと西塔さんとはまったく逆の指向なんでしょう。あの人は心底野球が好きなんだ。僕は勝つことが好き。これはけっこう大きな違いがあるんじゃないかなって……」
「此村さん、あなたは今なにをしようと……」
「一年生ピッチャーが甲子園のマウンドに立っている。すごいことだと思いませんか?」
「それくらいのことは知ってますよ。……でも来月には現実になると思いますよ」
いや、それは奇跡だ。正しくありえないことなのだ。
しかも今年はあの青海が相手になるかもしれない。
「もしそうなったら、そのきっかけが詩咲さんの『お願い』だとしたら……あなたも無関係ではいられないでしょう」
「……」
「そのときは僕の『お願い』もきいてくれますか?」
「……お願いってなんですか? 怖いですね。今、教えてくださいよ」
「試合中僕のことを見てほしい。監督ではなくて」
試合中、内野席で応援する彼女がいつもどこに視線を送っているのか、それを知らない僕ではなかった。
詩咲は眼を大きく見開いた。
彼女が見つめているのはいつも一三歳年長の兄の姿だ。監督一人を見守っている。選手の誰かではなく。それがどういった意味を持つのかはわからない。僕は入谷家の人間ではないから。
詩咲は言い淀んだ。彼女が人との会話で返答を滞らせるのを見るのは初めてだった。兄や級友と話をしているところはこれまで何度も見てきたが……。
一〇秒後。
「……かまいません。でもそれは、あなたがすごい選手であることとはまったく別の問題ですよ。此村さんのことが気に入っていて、そして単に……」
「なんですか?」
「ただの気まぐれです。家族以外の男の人とこうやって長く話をするのだって滅多になかったことなんですよ」
詩咲はうれしそうに眼を細め、僕にむけてうなずいている。
春、あのとき僕のことを意のままに動かした少女は——夏を迎えた今、認識を改めた。隣の席の少年は度し難い存在だったと。
僕は詩咲のヒーローになりたい。
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山形の県大会が行われた同日のことである。
東東京大会の決勝戦が行われ青海が勝利した。
今大会も投打にわたって活躍している2年生ピッチャー、そして高卒即
夏春を連覇した青海高校が危なげなく全国大会進出を決めた。
青海大附属 13 — 0
激戦区東東京という概念は過去のものとなっている。少なくとも超逸材がそろうこの世代が卒業するまで、都大会は青海にとって全国への助走をとるための滑走路にすぎないだろう。
曰く『全国一強』
曰く『歴代最強』
曰く『無双』
曰く『絶対王者』
曰く『百戦百勝』。彼ら青海を止め得るチームが存在しえるというのか? その答えがこの大会でわかる。
第10X回全国高等学校野球選手権大会。
出場する高校は予選を勝ち上がった四九校だが、それらすべてのチームを取り上げはしない。
この大会を制するのはこれから物語られる一〇校のうちの一校である。すなわち——
青海大学附属(東東京代表)
如月東(山形代表)
??(??代表)
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このなかにトーナメントを駆け上がり高校野球の頂点に君臨する雄が存在する。
大会中ですら『史上最高の大会』『数多の名勝負』『将来球界で一時代を築く天才たちが集結』そう呼ばれていたこのトーナメントに参加することになった如月東。
山形という高校野球にとって辺境ともいえる地域、その代表校には二人の王がいた。
無法ともいえる飛距離を誇るホームランバッター、しかし罪を犯し三年の夏になるまで野球から離れ一人雌伏し続けるしかなかった『打撃王』西塔曜一朗。
無名ながら通常のピッチングとはまったく異なる体系を有する投法を駆使する一年生『超二流』、此村伴。
この二人のプレイヤーが優勝戦線を大きく動かすことになる。
——夏の選手権、開幕まであと11日。
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