第7話 バロック

あのニュースを見たのはいつだったか。

たしか、天然の真珠についてのものだった。

曰く、真珠にはでこぼこした形のものがあるという。

確か名前はバロック真珠といったか。

きっと、私と青柳さんはそのバロック真珠のような人間だった。

私の真珠は、歪んだ真珠をやすりで球体に削ったもの。

青柳さんの真珠は、歪んだ真珠そのままのもの。

真珠であれば美しいとなるかもしれないけれども、人の人格においては唾棄すべき唯の異物となる。

青柳さんは私のことをどう思っているのだろう。

歪んだ真珠を削って作ったような歪な私の心を、どう感じるのだろう。

もう元の形を思い出すこともできない歪んで傷だらけの真珠を、彼女は美しいと言ってくれるだろうか。

私は彼女の答えを正直に受け止められるだろうか。


「先輩のこと、好きなの?」

部室の扉に手をかけようとしたとき、中から声が聞こえた。

知らない女の人の声だ。

扉には部室の看板もついている。

おそらく部に用事があるのだろう。

そして、話し相手には想像がついていた。

「……わかんない」

聞き慣れた声が聞こえる。

「でも、先輩について知りたいと思う」

「多分これは、好意の一種だ。」

いけないと分かっていながらも、扉に耳を当ててしまう。

「好きから嫌いかなら、好きに入れる。」

「敵が味方かなら、味方に入れる。」

「答えを出すのはまだ早いけど、そう思うだけ自分は先輩に好意を持ってるんじゃないかって思う。」

「……なるほどね」

「私は青柳さんにとんでもない思い違いをしてたみたい」

「私と青柳さんは似てるわ、きっと。」

「……褒め言葉として受け取っておくよ。」

我慢できずに、私は扉を開ける。

私の知らない人と彼女が似てる?

冗談じゃない。

私にしか知らない彼女の一面がある。

そんなことも知らないで、彼女の事情も知らないで。

分かった気にならないで欲しい。

貴方に手を握ってもらっても嬉しくなんてない。

「早いね、青柳さん。」

「こんにちは、先輩。」

「貴方は?」

「こんにちは、芹沢先輩。私は白井夏美です。」

目の雰囲気が彼女とは違う。

私を値踏みするような目だった。

よく知っている目だ。

言うなれば、真珠の検品師というものだろうか

青柳さんのような特徴的な人を弾くための情報を集めてたりするのだろうか。

流石にそれは被害妄想ではあるが、彼女の目にはそれだけの「信頼のおけなさ」があった。

……味方なら心強いのだけれども。

「もしかして、見学?」

出来るだけ自分の警戒心を見せないようにしながら、尋ねる。

「はい、この前の部活紹介を見て、お二人の仲が良さそうで、気になったんです。」

あれは自分のわがままを青柳さんが聞いてくれただけなのだが、気付かれてないなら良かった。

しかし、罪悪感もあった。

自分のクラスだけかもしれないが、青柳さんの評判が悪くなってしまったのだ。

怯えた私を助けてくれた青柳さんが悪く言われるのは気分が良くない。

おそらく、白井さんはグループにおける情報屋といった立ち位置だ。

彼女をうまく使えれば、青柳さんの誤解も解けるかもしれない。

「じゃあ、これから部活始めるから、満足するまで見ていってね、質問もお好きなだけどうぞ。」


それからしばらく、質問攻めの時間だった。

「青柳さんをどうして誘ったんですか?」

「青柳さんのことをどう思いますか?」

「青柳さんのどのような点を先輩として評価していますか?」

そしてその質問全てに、私は無難な答えを返し続けた。

「青柳さんにこの町の魅力を知ってもらいたかったの。」

「とっても頼りになる後輩かな。」

「しっかり仕事をしてくれる所かな?ねえ、青柳さん?」

しかし、彼女はそんなことどこ吹く風と言わんがばかりにパソコンと睨めっこし続けている。

「……?ああ、先輩が言うならそうなんでしょうね。」

ほとんどの質問は部活ではなく、青柳さんに対するものだったが、彼女は何も答えない。

おそらく彼女は何も話す気は無いのだろう。

彼女は、自らの持つ特性を必死に隠している。

この学校の人のほとんどは彼女が日常的に耳栓を装着して生活していることを知らない。

その例外は、私。

普段の私では想像もつかないと言われるかもしれないが、彼女の例外になれた事に、大きな満足感を感じていた。

おそらく、私が白井さんに警戒を抱くのは、それが崩されてしまうかもしれないからだ。


彼女の思いを知っているのは自分だけ。


そんな前提が崩された時、私は果たして彼女の隣に居れるだろうか。

居る価値があるのだろうか。


そんなことを考えた後、どうして過ごしたのか覚えていない。

ただ、私にあったのは青柳さんに対する独占欲と、白井さんに対する敵対心だ。

いつの間にか白井さんは居なくなっていたし、青柳さんは居眠りを始めていた。

机に突っ伏して眠る彼女は、とても可愛らしく、規則正しい寝息は小動物の鼓動のように感じられた。

「かわいい…」

青柳唯、彼女は猫だ。

気まぐれで、他人に心を許さず、可愛らしい。

正直、白井さんに対しての嫉妬心がある。

青柳さんにあそこまでアプローチを仕掛けられるのは、一種の才能が必要だ。

私は、彼女に拒絶されるのが怖くて、彼女に踏み込めないでいた。

でも、白井さんのように拒絶されることを恐れずに彼女と共に時間を過ごしてみたいとも思った。

「青柳さん、起きて?」

軽く肩を揺すってあげると、目を擦りながら彼女は目を覚ます。

「……?寝てた?」

かわいい

まだ目は半開きで、寝ぼけている。

「そろそろ日が暮れるし、帰らないと。」

「そうですね、お疲れ様です。先輩」

そう言い、半開きの目を擦りながら教室を出ようとする彼女の背中に、私は声をかける。

「ねえ、ゴールデンウィークなんだけど、一緒に遊びに行かない?」

少しでも彼女と仲良くなりたい。

少しでも彼女と時間を共有していたい。

彼女の特別になりたい。

そう思った。

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