あこがれ

邑崎 識

第1話 憧れって何だっけ?

 ドラエモンに憧れていた。未来ではロボットが殆どの仕事をしてくれるので、人間は楽しいことだけしていればいいらしい。でも、ちょっと先の未来。早く完全なロボットを作って欲しい。ベーシックインカムなんていう言葉もある。働かない人も普通に生きていけるお金が保証されるらしい。でもベーシックインカムもまだ先だろうし。憧れから段々遠くなるけれど、楽しく働くか、生きるのに最小限、効率良く働くか。もっと未来に生まれたかったな。

 異世界転生も憧れだな。最初から十二分なアドバンテージをもらって苦労知らず。高ルックスで性格の良い子がひょんなことで大した取柄もない自分を好きになってくれてアプローチしてくる。

 そんなことを考えて歩いていたら、マンホールの蓋が開いていて真っ逆さま。気が付くと知らない荒野にいた。キター!異世界転生。水桶が転がっていたが値打はないようだ。「ステータス」と言ってみたが画面は出てこない。ちょっと歩くと所々に穴のある柵で囲われた畑があった。奥には粗末な小屋がある。人の気配がするので「すみませーん」と声をかけた。中から中年の男が出てきた。酷く痩せている。

「なんだー、のぼ太。水汲みはどうした」

 日本語が普通に通じる。

「ここはどこですか」

「何言ってんだ。東京に決まってるだろ。頭おかしくなったか」

「もしかしたらそうかもです。今、西暦何年ですか」

「ほんとにおかしくなったか。2125年に決まってるだろ。早く水汲んでこい」

 僕は『のぼ太』というらしい。とにかく水場を聞いてさっきの水桶を拾って20往復くらいさせられた。死ぬほど疲れた。自分もひどく痩せこけている体だった。とにかく言うことを聞いて泊るところを確保し、情報を集めなければ。

 さっきの中年の男が父だった。畑の水まきも手伝わされてやっと夕食の時間になった。夕食は雑穀に雑草?が入っているだけの汁。こんな食事では瘦せこけるのも当然だ。父に転生の話をすると半信半疑ながら受け入れてくれた。父は無学な農民だと思っていたが、ちゃんとした教養のある男だった。

 寝る前に父を質問攻めにして大体のことはわかった。2025年あたりから、世界の混乱が始まり、資本主義、民主主義が崩壊していったらしい。一方で技術開発は進み、金持ちはロボットを働かせて高い塀の中でドラエモンの未来を満喫している。しかし、その他の人間は弥生時代のような世界で細々と農耕しながら暮らしているのがこの世界だった。

 父は10年前まではドラエモンの世界側で暮らしていたが、ある日突然AIから外の世界で暮らすように命じられた。毎日楽しいことだけしていると人口が増えて塀の中の容量をオーバーする。そこでAIが選別して余剰人員を外に移住させるらしい。驚いたことに父は自分が移住者に選ばれたことに何の不条理も恨みも感じていないようだった。AIの判断は常に完璧という考えらしい。男の妻、つまり僕の母もAIが選んでくれたのだった。

 父に「塀の中に戻りたくないの?」と聞いてみた。

 父は考えたこともないことを聞かれたようだった。しばらくして「あっちの方が楽だったな」と答えた。

 それから毎日、過酷な労働に従事している。体は動かしているが、単純労働で粗末な食事では戦闘力が上がるとは思えない。耐え忍んでいると塀の中への召喚イベントが発生するのだろうか。しかし、直感は、あそこはもっとヤバいと告げている。2025年の世界に戻りたい。あこがれって何だっけ? 【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あこがれ 邑崎 識 @Uramisuji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ