幸せかと問う男
愛田 猛
幸せを問う男
「きみは幸せでしたか?」
「きみは幸せでしたか?」
僕の目の前に突然現れた、怪しげな男が言う。
男の姿はタキシードにシルクハット。片眼鏡を付け、ステッキを持っている。
顔は西洋系だ。その男の本国がどこか知らないが、少なくとも日本では怪しいとしがいいようがない。
ただ、この男は何となく現実離れしたような感じがした。
「初対面の相手に突然変なことを聞かれても、答える義理はありませんよ、。」
僕は答える。
「おやおや。残念ですね。まあ、当然なのですが。 実は、私たちは初対面ではないのですよ。十年前にお会いしています。」
「えっ?」
僕は驚いた。そして尋ねる。
「もしかして、僕のその前のことをご存じなのですか?」
僕は口調を改める。
男は楽しそうに言う。
「ええ。よく知っていますよ。」
僕は頭を下げて言う。
「お願いです。僕が誰で、どんな過去があるのか教えてください。
お金なら払います!」
男は笑う。
「なるほど。でも高いですよ?」
「いくら欲しいんだ?」
僕はちょっと警戒しながら尋ねる。
「今のきみが持っている全財産。預金も、株も、不動産もすべてです。」
「ありえない。帰ってくれ。」
僕は首を横に振る。
「十年前に、きみの記憶を消したのが私だとしても、ですか?」
僕は態度を改める。
「お願いだ、もう少し話を聞きたい。」
「ではまず私のことを少し話しましょう。」
男は話し始めた。
「私は人間ではありません。。人間にはいろいろな呼び方をされてきました。 神とか悪魔とか、精霊とか悪霊とかね。
私は、人間の記憶や運命に干渉することができます。それをどう解釈するかはその時の相手次第ですね。」
「悪魔!」
僕はおののいた。
「願いを聞く代わりに、魂をよこせとか言うのか?」
「とんでもない。」
男は両手の平を広げ、やれやれといった雰囲気を出す。
「あくまで、人の目からどう見えるかでしかありません。
私は、人の人生にちょっとだけ介入して、その結果がどうなるかを見たいだけです。
基本的には不幸な人を幸せにしたいと考えていますけどね。」
男はにこやかに言う。
「それで、さっきの質問が出てくるのか?」
「ええ、その通りです。10年前、私はきみの人生に介入しました。
その結果を見に来たのです。この10年間、きみは幸せでしたか?」
「いや、不幸だったね。」
僕は答える。
男は尋ねる。
「どうしてですか?新しい自分になって、お金も問題ないくらいあったでしょう?」
「気が付いてからこの十年間、僕は、自分が本当はだれであるかを調べ続けていた。
お金はそのために使ってきたよ。
残り少なくなってきたけど、手がかりは何もない。」
「そうでしょうね。違う人間になっているのですから。あ、戸籍上だけですよ。」
男はこともなげに言う。
「まさか…。」
僕は言葉を失い。
「私は、あなたの記憶を消し、ダミーの戸籍を与えました。そして、ポケットに身分証明書と5億円当たった宝くじを入れておいたのです。」
彼が答えた。
「何てことをしてくれたんだ!人の記憶を消すなんて、犯罪だぞ!許せん!」
僕は怒って叫んだ。
「お前のせいで、5億円の大部分は調査料に使ってしまった。
僕は、自分が本当は誰か知りたい。記憶を取り戻したいんだ。
偽りの戸籍の身分ではなくて、本当の自分のことを。」
「でも、それにはきみの全財産をいただく必要がありますよ。10年前に宝くじで当たった5億円の残りすべてと、きみがこの10年集めたもの、全部です。
預金から不動産から冷蔵庫にある開封済みのサバ缶まで。」
僕は熟考してから答えた。
「ああ、いいよ。」
悪魔(と呼ぼう)は驚いたように答えた。
「いいのですか?一文なしになりますよ。」
「ああ。さっきの質問に答えよう。 僕は幸せではなかった。お金はあったけど、記憶がない。自分が誰なんだか、何をしてきたのか、全くわからない。
これはとても悲しいことなんだよ。
人間にとって、記憶はとても大切なものなんだ。
そんなこと、失って初めてわかるんだな。
僕はこの十年間ずっと、自分が誰であったのか、どう生きてきたのかを知ろうとしてきた。
文字通りの自分探しが、人間の根源的欲求だなんて、記憶を無くすまで知らなかったのさ。」
「本当にいのですか。」
悪魔は念押しする。
「ああ。、大丈丈夫だ。蘇った記憶も、この10年の記憶も残るのだろう?
何とかなるさ。
ああ、できれば最低限の衣服と持っている手帳、あと小銭は残してほしいかな。」
「それくらいはいいでしょう。ではやりましょう。」
男はそう言って、手をかざしてきた。
目の前に光があふれ、頭の中に記憶の奔流が走る。
そして、僕は記憶を取り戻した。
10年前、あの男は俺の前に現れ、こう聞いてきたんだ。
「きみは幸せでしたか?」とね。
俺は当然「いいや」と答えた。
子供のころから虐待されてきた。それで家出し、最終的にやくざのパシリになった。
俺は下っ端で、稼ぐ術を持たないから、雑用ばかりやっていた。、
結局下っ端はストレス解消で殴られる。
クソみたいな生活は変わらなかった。
そんな時、俺は、大きな案件に関わらされた。
金持ちの家を襲って家族全員殺すというものだ。
夫婦だけでなく小さい子供と赤ん坊も殺せと。
そして金庫を奪うんだ。
さすがの俺もびびってしまった。いくら悪でも、人間としてどうかと思った。
俺は決行直前、逃亡し、警察に連絡した。
結局襲撃は失敗、親父も叔父貴も若頭も全員逮捕され、長いお勤めになった。
幹部がいなくなって組は解散。
チクったのが俺だということはすぐにバレた。
逃亡生活の毎日に疲れ切ったとき、あの男が俺の前に現れて言った。
「あなたは幸せでしたか?」
と。
俺がそう言うと、あいつは
「あなたの過去を消して、お金持ちにしてあげましょうか。」
と言ったんだ。
俺は言った。
「できるもんならやってみろ。」
「あなたがそれで幸せになるなら、やってあげますよ。」
「ああ。クソみたいな人生を消して、金も手に入るならやってくれ。」
俺はそんなことができるとは信じていなかった。
「いいでしょう。私は不幸な人が幸せになるのを見るのが好きなんです。」
そう言って男は手をかざしてきた。
いきなり視界に光があふれたかと思うと俺は気を失った。
…そして気づいたら、、記憶喪失になり、身分証と宝くじだけがポケットに入っていたというわけだお
戻った記憶に呆然としている俺に、あの男が言った。
「10年前、私はあなたを幸せにしたかったんですけどね。
今回のことで、あなたが幸せになることを祈っています。では、10年後にお会いしましょう。」
男はそう言って消えた。
俺はクソみたいな人生の記憶を取り戻し、ほぼ全財産を失った。
☆彡
10年が経った。
あれから俺は、田舎の村に流れ着いた。
空き家を借りて、畑仕事をし、近所の年寄りの世話をして過ごしてきた。
この10年、いろいろあったが、生きてこられた。
最初のうちはきつかったが、何とか食べていけるようになった。
なぜか、懐いてくれる女の子がいて、いつの間にか一緒に暮らすようになった。
もうすぐ子供も生まれる。
ふと気づくと、あの男が目の前にいた。タキシードに片眼鏡、シルクハットにステッキ姿は変わらない。
「お久しぶりです。きみは幸せでしたか?」
俺は答えた。
「ああ。幸せだった。クソみたいな記憶が戻って、金は無くなったが、何とか生きてこられた。
殴られることもなく、自分探しもせず、毎日懸命に生きてこられたからな。」
男は笑って言う。
「そうですか。良かった。私は、人が幸せになるのを見るのが好きなんです。たぶん、もうお会いすることはないでしょう。さようなら。」
そう言って男は消えた。
(あの男を悪魔と呼ぶのは間違いだいな…。)
俺は感慨にふけっていた。
「おい、やっと見つけたぞ。」
ドスの利いた声が聞こえた
見ると、昔の組の若頭だった。
「お前のせいで組は解散、俺たちは全員臭い飯だ。やっと娑婆に出てこられたんだが、まずはお前に落とし前をつけさせないと気が済まない。」
元若頭はそういうと同時に、俺の腹にドスを突き立て、回した。
あの男の声が聞こえたした。
「言っていませんでしたが、私は、不幸な人が幸せになるのを見るのが好きですが、幸せな人が不幸になるのを見るのも好きなんです。あなたにもう会えないのは残念ですが、十分に堪能させていただきました。では…」
俺は、薄れゆく意識の中で、あの男はやはり悪魔だと理解した。
幸せかと問う男 愛田 猛 @takaida1
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