毒にも薬にも [KAC20252]

蒼井アリス

先輩、あざっす!


 僕には憧れの先輩がいる。カッコよくて優しくて強くて、誰にでも分け隔てなく接するけど厳しい助言もくれる。そんな先輩の周りにはいつも人が集まってくる。当然だろう。先輩は頼りになるし、一緒にいると楽しくて心地よいから。


 僕は先輩のような男になりたい。


 僕の先輩への憧れは仲間内では有名で、「お前、本当に先輩大好きだな」とからかわれている。もちろん先輩本人も僕が先輩に憧れていることを知っている。


「俺なんかに憧れてるのか? もっと視野を広くして上を見ろ。目標は高く持て」

 先輩は僕にもっと高みを目指せと言うが僕にとっては先輩が最高峰なんだ。だって今まで出会った人の中で一番いい男なんだから。


 そう先輩に伝えたとき、先輩は少し顔を曇らせた。喜ぶとか照れるではなく困惑の表情だった。


「お前、妄信的な憧れが諸刃の剣だってこと分かってるか?」

 先輩にこう問われて僕の頭の中には大きなクエスチョンマークが浮かんだ。憧れに負の作用があるなんて考えたこともなかった。


「妄信的な憧れってのは頂上だけを見て山を登ってるようなもんだ。足元を見ないで登るのは危険だし、周りの景色を楽しむことも忘れてしまう。もしかしたら次の一歩はクレバスの上かも知れないし、今登っている山より自分にピッタリの山がすぐ隣にあっても気づけない」


 僕が納得いかない不服そうな顔をしていると、先輩は説明を続けた。

「要するに、思考が凝り固まって柔軟性を失ったり、他の誰かになろうとして自分自身のいいところまで捨ててしまう危険性があるということを忘れるなってことだ。視野が狭くなると死角に価値のあるものがあっても気づけなくなるぞ。そんなのもったいないと思わないか?」


「もちろんもったいないと思います。でも先輩を目標に登っていけば自分では見つけられない素敵なものに出会えるんです。なりたい自分に近づいていくことが嬉しいんです」

 僕は自分の憧れを憧れの本人に否定されたのが悔しくてムキになって反論してしまった。


「俺に憧れてくれてるのは正直嬉しいんだ。お前を失望させたくなくて俺は俺の理想の自分になれるように努力してる。その点ではお前は俺の背中を押してくれてる」


 僕の存在が先輩の役に立っていることが嬉しくて、僕の顔は少しニヤける。


「憧れは毒にも薬にもなる。用法用量を守って服用すれば最高のモチベ上げになるのは間違いない。でも、お前には俺にないいいところがいっぱいある。それを失くさないでほしいってことを伝えたかったんだけど、ちょっと説教臭くなったな」

 先輩は照れたように頭を搔きながら笑っていた。


「そんなことないです。アドバイスありがとうございます」

 僕のこの言葉に先輩はホッとしたのか少年のような笑顔で「腹減ったな。ラーメン食いに行こう」と僕の返事も聞かずに歩き出す。


 先輩、こんな素敵なアドバイスをくれるあなたはやっぱり僕の憧れです。



 End

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