ハーレムにあこがれ、トラックにひかれ、アイドルの卵は死にかけていた

品画十帆

第1話 五月晴れみたいに青い女の子

 「よし今度こそ、トラックの前に飛びこむぞ」


 僕は赤信号の横断歩道で、何回目かの独り言ひとりごとをつぶやいている。

 トラックにひかれて、異世界や別世界へ渡るためだ、決して向こう側に歩いて渡るためじゃない。


 昨日の夜、ライトノベルを読んだら、驚愕きょうがくの内容が書いてあった、それはトラックにひかれると、転生か転移が出来るってことだ。

 神様にチート能力をもらって、ハーレムを作ることにあこがれてしまったんだ。

 ハーレムは正しい男の夢に決まっている。


 だけどどうしても、トラックの前に飛びこめないんだ、僕の勇気は足りないらしい。


 「さっきから、何をしているの? 」


 青白い顔をした、やせっぽちの女の子が、僕に声をかけてきた。

 ガリガリだな、悪いけど僕のハーレム要員にはなれそうにない、胸が小さすぎる。


 「ハーレムに、あこがれているんだ」


 「はぁ、なによそれ」


 「君もなにかにあこがれているだろう。 例えばアイドルとか。 僕はハーレムなんだよ」


 「ハーレムと横断歩道に、なんの関係があるのよ? 」


 「なにを言っているんだ。 トラックにひかれないと、なにも始まらないだろう」


 「えぇー、頭がおかしいんじゃないの。 キモいよ」


 女の子は青い顔をもっと青くさせて、逃げるように去ってしまった。

 あんなに青いのは、五月晴れってヤツか、まあ、僕にはどうでも良いことだ。


 今度こそ飛びこむぞ。





 目が覚めたら体中が痛い、そして今僕がいる場所は、どうみても病院のようだ。

 中世ヨーロッパでもないし、ダンジョンの最奥でもない。


 嫌な予感がしてくる。


 後ろ向きの考えを振り払い、痛い体も無視して、「スターテスオープン」ととなえてみる。


 しーん。


 なにも起こらないぞ、透明な板をとおりこして、なにも見えてこない。

 どうしてなんだ。


 駆けつけてくれた親も、医者も看護師さんも、元の世界となにも変わりが無い。

 どうやっても能力値が把握出来ないんだ。

 いくら集中しても、魔法やスキルが使えそうにない。


 ひょっとして、転移に失敗したのか、絶望が僕を支配しそうになる。


 「うわぁ、あんた、本当にトラックにひかれたの。 バカじゃない」


 悪口を言ってきたのは、横断歩道で出会った、顔が五月晴れみたいに青い女の子だ。


 「僕は決してバカじゃないぞ。 〈五月晴れ〉ちゃん」


 「はぁ、〈五月晴れ〉ってなんのことよ? 」


 「それは君だ。 芸名が〈五月 ばれ〉と言うアイドルの卵だろう? 」


 「違うわよ。 そりゃ少しはアイドルにあこがれるけど、〈五月 ばれ〉って変な名前をつけたりしないわ。 〈五月〉は良いとして、〈ばれ〉ってなんなのよ? 」


 「〈ばれ〉とは隠し事かくしごと露見ろけんするってことだよ。 素顔を見せないアイドルが、ファンになれば少しだけ私の素顔を見せてあげる、と言う深い意味が隠されているんだ。 そして当然ながら〈晴れ〉と言うさわやか、かつ前向きな意味もある。 バレンタインの最初でもあるな」


 「バカのくせに、それなりの理屈はあるのね」


 「いいや、そうでもない。 それなりと思った君は、僕よりもかなりおバカのようだな。 あははっ」


 「きぃー、ムカつく」


 このアイドルの卵である〈五月 ばれ〉は、本名が〈佐藤 さくら〉と言う、長期入院患者だ。

 なにか重い病気にかかっていて、親が果物のサクランボを好きなんだろう。


 僕は入院している間、〈五月ばれ〉をかまうしかなかった。


 なぜだが分からないけど、転移は失敗した感じだし、可愛い看護師さんにチャームを使おうとしたら、すごく痛い注射をされただけだった。

 魅了状態みりょうじょうたいには絶対なっていないと思う。


 転移もチート能力が無いのなら、入院中はなにもすることが無いんだ、勉強なんかするはずが無い。

 ハーレムを目指しているヤツが、勉強なんかしちゃいけないんだよ。


 「僕はどうしてチート能力が使えないんだろう? 」


 「まだそんなことを言っているの。 本当にバカね。 そんなものがあれば、私が病気のはずが無いわ」


 「そうか、〈五月ばれ〉ちゃんもチートが使えないんだね」


 「はぁ、前にも教えたでしょう。 私は〈佐藤さくら〉よ。 それと本気で、アイドルになりたいなんて思っていないわ」


 「へっ、それじゃどうしたいんだ? 」


 「普通に学校へ行きたいだけよ」


 「うーん、面白くないな」


 「はっ、あんたに私の気持ちが、分かってたまるもんですか」


 「いいや、良く分かっているよ。 アイドルの適性があるか見てみよう」


 病院の屋上で、僕は〈五月ばれ〉ちゃんとアイドル試験を始めることにした。


 僕も〈五月ばれ〉ちゃんも、こんなバカバカしい事をするのは、すごくひまだったからだろう。

 特に〈五月ばれ〉ちゃんは、長期入院のため友達もいなくて、誰でも良いから遊んで欲しかったんだと思う。


 「最近のアイドルと言えば踊りだよな。 まず踊ってみてよ」


 「ううん、出来ないわ。 激しい運動は禁止されているし、体がだるいのよ」


 「そっか、それじゃ歌唱力主体のアイドルを目指そう。 歌ってみてよ」


 〈五月ばれ〉ちゃんは、か細いけど透き通った声をしている。

 悪くはないけど、パンチ力にかけるな、僕が見本を見せてやろう。


 「ちょっと、止めてよ。 どうして半音だけ、キッチリ音程をずらすの。 私までおかしくなってしまうわ」


 「失礼な。 僕は絶対音感を持っているはずだ」


 「へっ、その自信はどこから生まれてくるのよ。 あんた、一音も音程が合っていないわよ」


 「えぇー、うそだろう」


 「ふふっ、あんたって、すごい音痴おんちよ。 笑わしてくれるわね。 自分よりも明らかにおとっている人が、身近みじかにいると最高の気分になれるわ。 あははっ」


 〈五月ばれ〉ちゃんはとても楽しそうだけど、僕はちっとも楽しくない。


 その後もアイドル試験は続いた、僕は暇だったし、〈五月ばれ〉ちゃんもなぜか乗る気だったんだ。


 テレビレポーターの適性を見るために、入院している子供達へ突撃インタビューもやってみた。

 初めは吃驚したり戸惑とまどっていたけど、最後の方は、みんな退院後にしたい事を熱く語ってくれたよ。


 〈五月ばれ〉ちゃんは、笑顔を絶やさずにインタビューしていたから、なかなかこの子やるじゃんと思った。


 僕はカメラマンだ、あらゆる角度から被写体をあますことなくとらえる。


 「ちょっ、あんた。 寝転んで撮らないでよ。 スカートの中を見たでしょう」


 「いいえ、ピンクは見えなかったです」


 「きゃー、見たじゃない。 このどスケベ野郎」


 僕は頭をはたかれてしまった、不可抗力なのに、暴力はいけないよ。

 でも芸能界に、はびこるセクハラへの対応としては、正解なのかもしれない。


 「あははっ、君達の夫婦漫才めおとまんざいは、最高に面白いね」


 突撃インタビューなのに、漫才と言われてしまったよ、次はスカートの中へ突撃するしかなくなるぞ、こんな風に演出は過激になって行くんだな。


 「こら、また、変なことを考えていたでしょう。 この妄想エッチ男が」


 僕が姿勢を低くしたのを敏感に察して、〈五月ばれ〉ちゃんは内股になりながら、僕の頭をまた「パシッ」とはたいてくる。

 まだ、なにもしていないのに、そんなのおかしいよ。


 「あははっ、二人の動きが良いね。 コンビの相性がバッチリだ」


 まあ、受けたからこれで良いか。


 「あんた、断っておくけど、夫婦とか相性が良いと言われて、その気にならないでね」


 「えっ、そのきってなんのき? それに顔が真っ赤だよ」


 〈五月ばれ〉ちゃんの青い顔のほっぺだけが、赤く染まっている、赤べこみたいで可愛いな。

 ご両親の出身地は東北かもしれない、リンゴは桜の仲間だし。


 「くっ、なんて鈍い男なの。 バカで音痴でスケベで、良いところがないよ」


 「ちょっとそれは、ひどいんじゃないのかな」


 「あんたなんか、もう知らない」


 〈五月ばれ〉ちゃんはプリプリ怒って行ってしまった、〈もう知らない〉とは、これからの記憶を消すって事なんだろうか。

 すごく器用だな、ある意味チートだぞ。


 次の日も〈五月ばれ〉ちゃんは、病院の談話スペースで、いつものとおり座っている。

 僕が「おはよう」と声をかければ、「あっ、おはよう」と返してくれた。


 「〈五月ばれ〉ちゃんに聞くけど、チート能力に目覚めたの? 」


 「朝からなによ。 そんなの目覚めるわけないわ。 なにを言っているの? 」


 「昨日、〈もう知らない〉って言ったね。 あれは未来個人特定記憶操作じゃないのか? 」


 「はぁ、意味不明」


 おー、漢字のかたまりを、とっさに漢字の塊で返してきたな。


 「やるじゃん」


 「ばかっ」


 二日ほど長期入院している子供に、突撃インタビューをかましていたら、リクエストが入るようになってしまった。


 もう一度、突撃インタビューに来て欲しいって依頼だ、欲しいのならもう突撃じゃないぞ、それなのに突撃インタビューを求められているんだ。


 僕達は自己矛盾を抱えてしまったよ、苦悩の日々が始まるんだな。


 「もう突撃じゃないから、おたくのお薬拝見します、に変えようか? 」


 おぉ、〈五月ばれ〉ちゃんは、アイドルとしてプロ意識に目覚めてくれたんだな、君の成長がまぶしくて正視できないよ。


 「最高だよ、〈五月ばれ〉ちゃん。 君は真のアイドルだ」


 「はぁ、教えておいてあげるけど。 横を向きながらめるのは、全くの逆効果だからね」

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