【長編】木星トロヤの亡霊
G3M
第1章 木星軌道第二百七番コロニー
第1話 脱出
戦略攻撃機バッカスⅡ附属の人工知能であるエルは、バッカスIIを他の機体の残骸の陰に隠した。人型の身体を起動して負傷したパイロットをコックピットから出して、デッキに降ろした。
木星軌道トロヤ群にある第二百七番コロニーの宇宙港は混乱していた。エルはパイロットを抱えて、空気圧の下がりはじめた航空甲板から居住区へ移動した。
宇宙港では脱出できる宇宙船を探して人々が走り回っていた。エルは通信設備のある管制塔を目指したが、すでに多くの隔壁が閉ざされており、管理区域に入ることは難しいと思われた。
かといって、脱出のために乗せてくれる船があるとは思えない。ここでパイロットをサバイバルさせるしかない、とエルは判断した。居住区のシェルターを利用できないかと市街地へ出た。
人気のなくなった商店街でパイロットと自分の着替えを見繕った。気を失っているパイロットにはこぎれいなスーツを着せ、自分はメイド服を身につけた。身分を知られるわけにはいかない。血の付いたパイロットスーツはダストシュートに捨てた。
空気圧が下がり始めている。シェルターの表示を見つけて、エレベーターのボタンを押した。
エレベーターが開くと、中から自動小銃を持った兵士が出てきた。
「おまえはだれだ?」と兵士。
「メイド用アンドロイドのエルと申します。この騒ぎで主人が怪我を負い、逃げ遅れたのです」とエル。
「どこのブロックの住人だ?」と兵士。
「主人はガニメデ公社の社員です。この方はその息子さんです。家族を連れてのビジネス旅行中でした」とエル。
「なぜこんな所にいる?」と兵士。
「市街地の宇宙港に近いホテルに滞在中でした。宇宙港が閉鎖されてここまでシェルターを探してきたのです」とエル。
「なるほどな。入れ」と兵士。
「ありがとうございます」とエル。
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