社会人に向いてない

小狸

短編

 職場の人と適度な距離感を掴むことがとてつもなく苦手な僕にとって、時々開催される飲み会は地獄絵図どころではなく、地獄そのものである。


 いや、分かっている。


 そういうコミュニケーションができない人間から、落ちてゆくのだ。


 出世できる人間は、そういうコミュニケーションを欠かさない。飲みたくもない酒を飲みながら、苦手な上司の愚痴と付き合いながら、泥酔した嫌いな後輩の面倒をみながら、。飲み会が好きとか嫌いとかそういう次元ではないのだろう。真っ当な社会人にとって、飲みの席でのコミュニケーションは必須なものだと、心の奥底で理解している。


 しかし。


 辛いものは辛いし。


 苦手なものは苦手である。


 酒を飲むことは、苦手ではない。


 むしろどちらかというとそれは好きな方である。


 ならば何が駄目なのかというと、そもそも人というものが苦手なのである。


 他人に踏み込んでほしくない。


 こっちに来ないで欲しいと思っている。


 しかし酒の席というのは不思議なもので、人の心に踏み込んで良い、パーソナルスペースが少々狭くなる瞬間というものがある。正直ぞっとするし、プライベートを話さねばならなくなるのは、地獄よりも地獄な瞬間である。プライベートなんて、何もないからだ。休日は天井を見てぼーっとして過ごしていますなんて言えるはずがない。


 こんなことを臆面もなく言うと、「それが社会に出るということだ」とか、「社会人なんだからそれくらいの苦痛は我慢するべきだ」とか、いちいち「社会」を盾にして無理と無茶を強要してくる方がいるけれど、実際僕のような人間もいるのではないか? と思ってしまうのだ。


 無理をして、コミュニケーションを取っている人間。


 入りたくもないけれど、入らない理由がないから、コミュニティの輪に入っている人間。


 「そんな飲み会を強要する社会が間違っているのだ!」とは思わない。社会というか、会社の社風がそうなのだったら、そういう歴史が積み重なって、重なってきて今があるのだから、仕方がない。僕らのような日陰者、普通でない者、通常でない者は、そう思って、諦めるしかないのだ。


 僕も定期的に開かれる飲み会には、参加するようにしている。正直、「ここに自分がいる意味はあるのか?」と思う瞬間はある。というか、そんな瞬間しかない。いつだってどうしてお前がここにいるの状態だし、参加したとしてもほとんど会話せずにその場で地蔵のように立って、お酒を飲み、上司の話に笑っている振りをし、皆が笑っているから笑う、それだけである。いつも帰り道は一人、生きている意味、仕事している意味を考える、酒が回ると、ネガティブになる。


 夜、雲に隠れた月光を見ながら、思う。


 誰にも迷惑はかけていない。


 極力迷惑を掛けないように生きているつもりだ。


 迷惑だと思っている方がいたら、ごめんなさいと頭を下げに行こう。


 それでも。


 社会人、向いてねえな、と。


 思って、今日も、帰路につく。




(「社会人に向いてない」――了)

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