第23話

彦佐は貸す耳を持たないとばかりに、栄治に詰め寄る。


<font color="#4682b4">「いいか。金輪際、鈴に近づくな。娘にも。俺の家族に近づいたら、ただじゃおかないぞ!」</font>


<font color="#669966">「な、なんだよ……横暴な…」</font>


<font color="#4682b4">「家族のためなら、横暴にも卑怯にもなれるさ。人殺しにもな!」</font>


 鋭い刃物で切り裂かれたように、栄治が身体を引き攣らせて、小さく息を飲んだ。


<font color="#4682b4">「二度と近づくな!本気だからな!これ以上、鈴につきまとったら、俺自身どうなるかわからない。覚悟しておけ!」</font>


 無造作に、投げ捨てるように、彦佐が掴んでいた手を放すと、栄治は転がるようにして逃げて行った。


<font color="#4682b4">「ふんっ!」</font>


 苛ただしげに、逃げていく栄治を一瞥して、彦佐は鈴を見た。

 小さく息を吐き出すと険しい表情を緩めて、大股で近づき、彼女の肩を抱き寄せる。


<font color="#4682b4">「怪我はないな?」</font>


<font color="#cd5c5c">「う、うん……ありがとう…助けてくれて」</font>


 彦佐の体温にドキドキしながら、鈴は小さくお礼を言った。


<font color="#4682b4">「間に合ってよかったよ。おまえがあいつに井戸に落とされそうになってるのを見た時は……心臓が止まるかと…いや、止まったと思った。考えるより先に動いてた。間に合って良かった」</font>


 深く息を吸い、吐き出す彦佐の胸板が波打ち、その鼓動が早いのを感じる。

 さっきも、そうだった。鈴を助けた後の彦佐の鼓動は規則正しくて……だけど、いつもよりずっと速かった。


<font color="#cd5c5c">「ごめんなさい。水を汲みに来たら、栄治とばったり会ってしまって…」</font>


<font color="#4682b4">「ああ。そうだと思ったよ。琴のことが気になって、早く目が覚めたんだろう?今朝は、早くから琴がやけにむずがってたから、早めに連れてきたんだ。琴は鈴の危険を教えてくれていたのかもしれないな」</font>


 鈴が抱く愛娘の頬を指で愛しげにつつきながら、彦佐は微笑んだ。


<font color="#cd5c5c">「彦……」</font>


 鈴が彦佐の腕に片手を置く。


<font color="#4682b4">「ん?」</font>


 娘の小さな手を指でそっと握りながら、彦佐は鈴に視線を向けた。


<font color="#cd5c5c">「私……もう、だめ、落ちる!って思った瞬間、彦佐と琴のことを考えた。彦佐とこのまま……別れることになるのかって思ったら…」</font>


<font color="#4682b4">「鈴……怖い思いをしたな。やっぱり、栄治のやつを殴っておけばよかった。立場上、暴力はよくないと思って我慢したんだが…」</font>


 唸るように呟く彦佐を見つめていた鈴は、彼の優しさにいてもたってもいられなくなり。


<font color="#cd5c5c">「……彦!」</font>


 琴を抱いたまま、鈴は、彦佐の広い胸に飛び込む。


<font color="#cd5c5c">「ごめんなさい……勝手に出て行ったりして。彦の話…ちゃんと聞いてあげなくて……」</font>


 琴をつぶさないように気をつけながら、彦佐は鈴を抱きしめた。


<font color="#4682b4">「俺が栄治の話を少しでも本気にしたから悪いんだ……あんな奴の話をまともに聞くなんてどうかしていた。そのせいで、鈴を傷つけた……自分でもどうしてあんなこと…」</font>


 自分を責める彦佐の唇に、自分の唇を押し付けて、鈴は言った。


<font color="#cd5c5c">「彦……私はまだ、彦の家族?」</font>


 突然、唇を塞がれて、彦佐は驚いた顔になったが、鈴の問いに迷わず答えた。


<font color="#4682b4">「もちろんだ。ずっと、鈴は俺の家族だよ」</font>


<font color="#cd5c5c">「…よかった」</font>


 嬉しそうに微笑む鈴に、彦佐も微笑む。


<font color="#4682b4">「帰ろう。俺達の家に」</font>


 差し出された手を、鈴がとる。


<font color="#cd5c5c">「はい」</font>


 彦佐は鈴から琴を受け取ると、彼女の手をしっかりと握った。

 彦佐の腕の中で、琴があくびをする。


<font color="#4682b4">「鈴と琴は、俺の大切な宝だ」</font>


 にっこり笑う鈴の歩調に合わせながら、彦佐が歩く。


 誤解して、嫉妬して、喧嘩して。間違いだらけだけど、またやり直せばいい。

 だって、私たちは家族だから。


 だから、一緒に――…



 一緒に帰ろう。我が家へ。


 愛する人の住む、あの家に。


 みんなで一緒に、ね。





<div align="right">終</div>

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