第19話
<font color="#cd5c5c">「見てわからない?出て行くのよ。琴が自分の子じゃないなんて、ばかなことを言う夫のそばにいられないわ」</font>
きつく睨む鈴の眼差しに貫かれたように感じながら、彦佐は胸の痛みに顔をしかめた。
<font color="#4682b4">「俺だって、信じたかった!信じていたんだ!だけど、栄治が言ったんだ!俺よりずっと前からおまえとは深い仲で、俺の所に来た時にはもう妊娠してたんじゃないかって。俺の所にくる前の晩に、最後に……熱く愛し合ったって…俺と暮らしてる間も、時々会ってたって。俺は信じなかった。だけど、栄治の言ってることをあちこちで話されたら困る。それで、嘘だってことを証明する為にいろいろ探っていたら、納屋におまえと栄治が入って行ったのを見たって証言が出てきて……」</font>
彦佐はつらそうに唇を噛んで、目を伏せた。
<font color="#4682b4">「鈴が……そんな女だなんて、信じたくなかった!琴が俺の子じゃないなんて……考えたこともなかった。だけど、俺はおまえのことを何も知らなかった。ずっと遠くから見ているしか出来なかったし、嫌われていると思っていたから……」</font>
<font color="#cd5c5c">「でも、今は彦の妻になった。私のこと、よくわかってるはずじゃないの?」</font>
拳で頭を撲たれたように、彦佐は凍り付いた。
<font color="#cd5c5c">「私がどんな女か……あなたが一番知っているはずなのに。私を信じてはくれなかったのね……」</font>
鈴の瞳に涙が溢れて、白い頬に伝い落ちるのに我に返り、彦佐は彼女の腕を掴んだ。
<font color="#4682b4">「……行かないでくれ。俺が悪かった。どうかしてた……あまりにショックで、取り乱していたんだ!」</font>
鈴は彦佐の手をやんわりと外して、静かに首を振った。
<font color="#cd5c5c">「信じてもらえないのは耐えられない」</font>
<font color="#4682b4">「信じている!本当だ!俺は……嫉妬で正気を失っていた。おまえが、どういう女か……よくわかっていたはずなのに!栄治が…俺しか知らないはずの、その……鈴の身体について話したから……頭が真っ白になって」</font>
彦佐の言葉に、鈴の頬が赤く染まる。
<font color="#cd5c5c">「それは、栄治が無理矢理……でも、すぐに逃げ出したわ」</font>
鈴に視線を注いでいた彦佐は、その口調や表情から、彼女は嘘をついていないと思った。
本当なら、もっと早くに気付くべきだった。
<font color="#4682b4">「本当に悪かった。もう二度と、お前を疑ったりしない。本当は、わかっていたんだ…琴が誰の子なのかは、俺が誰よりわかってた。栄治の言葉に惑わされるなんて、馬鹿だった!本当にすまなかった!だから、頼む。出ていかないでくれ……俺には、おまえが…琴が必要なんだ…!」</font>
彦佐の必死の言葉にも返さず、鈴は玄関の引き戸を開けた。
<font color="#4682b4">「鈴!」</font>
追い縋る彦佐に、鈴は静かに涙を零しながら言った。
<font color="#cd5c5c">「ごめんなさい……でも、今は…あなたのそばにいたくないの」</font>
その言葉に、彦佐はショックを受けて固まった。
愛する者にはっきりと突き放され、拒絶され、茫然自失する。
戸口から出ていく鈴を、彦佐は引き止める言葉もなく、ただ茫然と見つめるしかなかった。
行ってしまう…。鈴が…出て行ってしまう。
あまりの恐怖に、身がすくむ。
鈴を行かせたくない。
けれど、彦佐のそばにいたくないと言われた衝撃は大きく、彼の身体を支配し、麻痺させていた。
やがて、最愛の妻と娘の姿が戸口から見えなくなると、彦佐はその場にがくりと膝をついて崩れた。
大切な宝物を失った喪失感は大きく、痛みは激しく。
彼をばらばらにするように鋭く、その心を引き裂いた。
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